第29話 協力者となりえるか






「あなたの秘密、俺に見せてください。三千歌さん」



 肩に手を置き、あと少しで触れるところまでいった時、勢いよく胸の辺りを押された。



「止めてちょうだい!」



 その叫びは、俺のものじゃなかった。

 目の前から聞こえてきて、そして追撃を受ける。



「は、ハレンチよっ。わがまま息子だと聞いていたけど、変態だとは思わなかったわ!」



 ずっと年上にも関わらず、彼は俺に随分と怯えていた。

 彼は別に女性というわけではない。ただ女性的な言動をするだけ。それを周りには隠していた。

 主人公に会うまでは。


 他にはいないような、なよなよとした自分を恥じていた三千歌は、ハプニングのせいでその性格が主人公にバレてしまう。

 人にバレて馬鹿にされると絶望していたところを、主人公は優しく包み込んだ。


 馬鹿にされず、それどころか主人公の前では素を出せるようになって、親愛の情を抱いた。

 でも三千歌は攻略対象ではなく、ただのお助けサポートキャラで終わる。

 どう何をしようと、それが変わることは無い。

 だから攻略対象と比べると、その容姿は劣っていると言えるかもしれなかった。でも整っていることに変わりない。むしろ好感が持てる容姿だと思う。


 手触りの良さそうなさらさらの髪に、眼鏡の奥の瞳は性格を表しているかのように柔らかい。


 さすが乙女ゲームである。



「えっと、あの誤解があるみたいですから、それを解きたいんですけど。いいですか?」


「……誤解?」


「俺は純粋に、あなたと友達になりたいんです。その言葉に嘘や偽りはありません」


「でも、それなら、どうして私のことを、知っているの。一体どこで」



 自分の素が知られていることで、完全にパニックになっている。

 確かに見ず知らずの俺が、自分のことを知っていたらパニックにもなるか。これは俺が悪い。



「すみません。怖がらせてしまいましたね。脅すわけでも、誰かにバラそうとも思っていません。ただ、さっき言ったみたいに、隠し事をせずに仲良くなりたいんです」



 震える三千歌の肩に、ゆっくりと手を置いた。



「俺も、本当の自分を出します。だから、お互い本音を言える関係になりませんか?」



 ここで間違えたら、一生味方に出来るチャンスは無くなる。

 だから本気で、三千歌に向き合っていた。



「年は離れているかもしれません。俺はわがままだって、その過去は消えません。急に友達になろうだなんて、怪しさ満点ですよね。でも、本気です。信じてください」



 お互いのことをほとんど知らないのに、信じろだなんて無理がある。

 でも俺には三千歌の存在が必要だった。



「どうしてそんなに、私のこと」


「運命だと思ったんです。あなたとなら俺は俺でいられるんじゃないかって」



 あみだくじで決まったとしても、そうなることがあらかじめ定められていたのかもしれない。後付けに近いけど、そう思った。


 もう説得の方法も浮かばなくて、下を向いて三千歌の言葉を待つ。まるで判決を待つ罪人のような気分だ。



「……そこまで言うのなら。友達になってみましょうか」


「本当ですか?」


「ええ。ただし、私達の間に隠し事はなし。それを守れるならよ」



 隠し事。それはどの範囲までなのか。

 俺の、この複雑でありえない状況を言って、頭がおかしいと避けられるんじゃないか。

 でも全てを話さないと、三千歌はきっと心を開いてくれない。



「……俺の話がありえないものでもか」


「ありえないかどうかは、聞いてから判断するわ。話す時間はたっぷりあるんだから、包み隠さず話してちょうだい」



 話して頭がおかしいと思われたら、それまでだと諦めよう。

 俺はお茶のお代わりを二人分淹れながら、自分の置かれている奇妙な状況を、初めて他人に話すことにした。







「……という感じだ」



 出来る限り時系列順に話したつもりだけど、途中何度かこんがらがってしまった。

 それでも三千歌は、遮ることなく最後まで聞いてくれた。


 手を太ももの上に置いて、目を閉じている彼は俺の話を頭の中で整理しているみたいだ。

 こんな荒唐無稽な話を、信じてはくれないだろうが、遠ざけられたくはない。



「信じられないかもしれないけど、全部本当のことなんだ。どうか信じてほしい」



 いまだに何も言わないから不安になってくる。

 覗き込むように顔を見れば、視線が合った。



「どうして私だったの? あなたの話が本当なら、私のことを知っていたでしょう? 仲間になりそうな人だったら、他にもたくさんいるはずなのに。その中で、どうして私だったのかしら」



 ごまかそうと思えば、いくらでもごまかせたかもしれない。でも隠し事はしないと決めた。だから嘘はつきたくなかった。


 俺は申し訳なく思いながらも、あみだくじであることを正直に伝えた。



「……そう。あみだくじ」


「で、でも、会おうと決めたのは俺の意思だから。本当に。きっかけはあみだくじだったとしても」



 いたたまれなくて言葉を重ねていると、三千歌が急に吹き出した。

 突然だったから俺は動くことも話しかけることも出来ずに、ただただ笑うところを見ているしかなかった。






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