第48話 主人公との話






「えっと、僕が産まれる前からだから、何回かは知らないです」


「そうですか」



 随分と前から、月ヶ瀬は愛されていたようだ。

 それに嫉妬するかと言われれば、よく分からない。俺はどんな答えを期待していたのだろう。

 境遇を考えれば、仕方がないようにも思う。



 ぼんやりと考えていると視線を感じた。

 月ヶ瀬が物言いたげに、こちらをじっと見てくる。



「どうしましたか?」



 無視するのは可哀想だと聞いてみると、もごもごと口を動かして、言おうか言うまいか迷っているみたいだ。



「せっかくこうして会えたのですから、どうぞ何でも話してください」



 さて、一体何を言ってくるだろう。

 ある程度予想をしていると、意を決したというように口を開いた。



「どうして、そんなに冷たい、んですか?」



 その質問は予想外だった。

 確かに敬語を使っていたが、それは月ヶ瀬の方も同じだ。でもそんな悲しそうな顔をされてしまうと、俺が悪いような気分になってくる。



「えっと、それは……」


「僕が、あの時わがまま言って一緒にいたから、だから怒ってるの?」



 うるうると涙が、その瞳ににじむ。

 今にも泣き出してしまいそうで、俺はハンカチを差し出した。



「ち、違う。別に怒っているわけじゃなくて、ただあんなことがあったからこっちの方がいいかなって」



 敬語よりもこっちの方が楽だから、泣かれるよりはと話し方を戻す。



「僕のこと嫌いになったわけじゃない?」


「違う違う。ただ気まずいかなって」


「気まずくないよ。でも僕のせいで怒られたのなら、ごめんなさい」



 ぐすぐすとおえつをこぼしながら、月ヶ瀬は手を伸ばしてきた。

 何をしてくるのかと身構えていると、叩かれた頬を撫でられる。



「あの時、痛かったよね。ごめんなさい。僕がまもってあげられればよかったのに」


「っ」



 するすると撫でられる感覚に、なにか背筋をぞわりと駆け巡った。

 月ヶ瀬は純粋に心配しているだけなのに、何故だか怖いと思ってしまったのだ。



「ねえ相君。どうして、すぐに連絡してくれなかったの? 僕、ずっと待っていたのに」


「えっと、ごめん。あんな別れ方をしたから、俺のことなんて思い出したくもないかと」


「そんなわけないよ。僕は相君のことがだーいすきだから」


「……そ、そっか」



 距離が近い。

 テーブルを挟んでいるはずなのに、そう感じる。

 後ろに下がれなくて、そのまま固まっていると月ヶ瀬が笑った。

 笑い方が純粋さのかけらもないもので、その瞳の暗さに魅入られそうになる。



「相お坊ちゃま」



 でも全てを飲み込まれる前に、肩に手を置いて後ろに引っ張られる。



「こうさか?」



 寝ていたわけじゃないのに、目が覚めたような心地だ。

 高坂の顔を見ると、とても険しく怒りの中に怯えが含まれていた。



「大丈夫ですか?」


「大丈夫って?」


「それは」


「邪魔しないでよ」



 高坂の言葉をさえぎったのは月ヶ瀬だった。

 視線を移動すると、こちらに手を伸ばしたまま、憎しみのこもった目で睨みつけている。らしくない表情に驚く。



「今僕と相君が話しているのに、どうして邪魔するの」



 抑揚のない声。どこを映しているのか分からない目。まるで人形のようだ。

 首を傾げて、そして高坂に詰め寄る。



「邪魔しないで。ようやく会えたんだから」



 このまま止めないと、よくないことが起こる予感がした。



「月ヶ瀬、プリン食べよう」



 自分でもプリンってなんだと呆れたが、目についたのがそれだったのだから仕方ない。

 プリンを手に取り突き出すと、月ヶ瀬は大人しく受け取った。そして一口食べた。



「美味しいよな」



 月ヶ瀬が持ってきたのに、俺がこう言うのはどうなんだ。

 でもこの場の空気を変えるには、全く違う話題が必要だと思った。



「うん。おいしいね」



 良かった。

 雰囲気が明るいものへと戻ってくれた。

 プリンを食べて笑っている姿は、俺の知っている月ヶ瀬である。



「高坂、少し二人きりにしてくれないか」


「ですが」



 高坂が何を言いたいのかは伝わった。

 危うい月ヶ瀬と二人きりにするのは心配なのだろう。でも高坂がいたら、月ヶ瀬とこれ以上の関係性を望めない気がするのだ。



「何かあったら呼ぶから」


「……扉のすぐ前にいますので、何かございましたら必ず呼んでください」



 強く命令すれば、渋々引き下がってくれた。

 それでも警戒しながら外に出ていったので、少し異変を感じただけでも入ってきそうだ。

 まったく、どれだけ過保護なんだろう。



「ようやく二人きりになれたね」



 何が楽しいのか、高坂がいなくなった途端、月ヶ瀬はテンションが高くなった。



「僕あの人嫌い。それにおじちゃんやお兄ちゃん達も嫌い」



 嫌い嫌いと顔をクシャクシャにして、そして俺の手を握ってきた。



「でも相君は好き。お父さんと同じぐらい大好き」



 どうしてここまで懐かれたのか。

 たった数時間、父達との方がずっと長い時間を過ごしてきたはずなのに。

 無邪気な様子だが、先ほどの姿が頭から離れない。



「相君は僕のこと好き?」



 握った手を左右に振って、月ヶ瀬が質問してくる。

 答えを間違えたら、このまま腕を取られてしまいそうだ。俺は緊張しながら、息を大きく吸った。







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