第42話 新たな関係作り
三千歌とのお茶会のおかげで、すっかり気分が楽になった。
だから俺は、新たな関係作りに取りかかることに決めた。
今日は午前と午後に分けて、二人の重要人物に会うことになっている。
今重要なのではなく、これから重要になってくるのだ。
そしてどちらも、癖のある人物かもしれない。
最近、たくさんの人に会う機会が多くて、精神的に疲れることもある。
でも必要な行動をしているだけだから、辛いとは思わないようにしていた。
「俺、変じゃない?」
「いつも通り可愛らしいですよ」
「高坂のそれは当てにならない」
「私はいつでも本当のことを申しております」
この前の誕生日パーティーから使用人の中でブームが来たのか、最近用意される服のヒラヒラ率が高くなった気がする。
今日も抑えめではあるが、持ち上げた袖にはフリルがついていた。
「最近、筋肉がついてきたし、そのうちこういう服も似合わなくなると思うんだけど」
「いえ。相お坊ちゃまはどのような姿になろうと、全てのものが似合います」
完全にイエスマンだ。
忠誠心が高いといえばいいように聞こえるが、高坂には変な圧がある。
俺は深いため息を吐いた。
「先ほどから落ち着かないようですが、何か心配事ですか?」
その原因の一つは高坂だ。
でもそれよりも、俺は落ち着かない理由は、これから来る相手とどんな話をすればいいか分からないからだ。
初対面の人と話をするための話術は、残念ながら持ち合わせていない。
家族との夕食だって、俺から話題を提供することはほとんどないのだ。
盛り上げられる話が出来ないし、相手も困るかもしれない。
「俺、大丈夫かな?」
「大丈夫ですよ。相お坊ちゃまと話をすれば、その魅力に夢中になりますよ」
高坂に相談したのが間違いだった。
何を言っても褒めてくれるから、相談した意味が無い。
「……頑張る」
もうすぐ時間だ。
俺は時計を見て確認する。
時間にはきっちりとした性格だから、もう家に辿り着いているかもしれない。
そう思っていたからか、どうやらちょうど来たみたいだ。
別の使用人に連れられて、表情を固く引きしめた子供が入ってくる。
俺は出迎えるために立ち上がり、彼の元に歩いた。
「はじめまして。来ていただき感謝します」
写真で見て資料も見たが、実際に見てみるととても小さい。
年齢が一つ下の俺よりも目線が下だ。
本人がそれにコンプレックスを持っていることは知っているから、俺は顔に出すことは無かった。
でもゲーム開始時点では、百九十センチ近く成長するのだから羨ましい限りである。
灰色の髪は、今は肩ぐらいまで伸びているが、ゲームの時はもっと短くなる。
灰色の瞳は猫のようにつり上がっていて、今は不安そうに少しだけ下げられていた。
学園では風紀委員長として、生徒会長である天王寺とライバル関係のキャラだった。
「こちらこそお招きいただき感謝する。パーティーの時は話が出来なかったから、こうして機会を設けていただけて光栄だ」
「パーティーの件は申し訳ありませんでした。本日は簡易的なものですが、ぜひ楽しんで頂けたらと思います」
「ああ」
小さな体に似合わず、態度は立派な大人だ。
体が成長しないからこそ、中身でカバーしようとしている。
その努力と周りからの評価が見合わなかったせいで、表には出していないが卑屈になっている。
でも今なら、それを取り返しがつかなくなる前に何とか出来る可能性があった。
テーブルの元に案内し、俺達は向かい合って座る。
「俺のことは相、と名前でもいいですし好きに呼んでください」
「えっと。それでは相さんで。それなら俺のことは秀平と呼んでくれれば」
「それじゃあ、俺も秀平さんと呼ばせていただきますね」
まずは当たり障りなく、お互いの呼び名を決める。名前で呼ぶように遠回しに頼んだのは、その方が信頼度が増すと考えたからだ。
「この前頂いたプレゼント、とても嬉しかったです。今日はこれでお茶を淹れたので、ぜひ冷めないうちに飲んでください」
山梔子がくれたプレゼントは、趣味のいいティーセットだった。
ガーベラがデザインされていて、山梔子からもらったというのを抜きにしても気に入っていた。
「……ありがとう」
ティーセットが自分が贈ったものだということに、ここでようやく気がついたのか驚いた顔をして、そして小さくお礼を言った。
「お礼を言うのはこちらの方です。さあ、どうぞ。一緒にお茶をするのを楽しみにしていたので、この時間を有意義なものにしましょう」
「……はい。とても美味しいです」
相手が緊張しているのを見て、少しだけ余裕が出てきた。
視界に入る高坂が、今までと比べると穏やかな表情を浮かべているせいかもしれない。どうやら山梔子は、高坂の中ではいい部類になったようだ。
高坂の淹れたお茶を飲んで、お世辞ではなく美味しいと言ったからか。そうだとしたら、ちょろすぎる。
まあ俺もそれを見て、いい人だと感動したので人のことは言えないけど。
今までのキャラの濃いメンバーと比べたら、断然関わりやすそうだ。
長い付き合いにするために、仲良く出来るように頑張ろう。
そう決意した瞬間、山梔子の目から涙がこぼれた。
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