第33話 父と共に






「お、父様。もしかして体調が優れないんですか?」



 呟かれた言葉は、ありえなさすぎる言葉だった。

 俺をまっすぐに見つめて、何を言い出したんだこの人は。


 よし、聞かなかったことにしよう。

 きっと聞き間違いだ。



「なにかご用ですか?」



 俺は動揺を抑えて父に尋ねる。

 誕生日パーティーを知らないていで進めるのは大変だから、さっさと会場に連れて行ってほしい。



「あ。ああ、少し一緒に来てくれ」


「えっと。はい」



 これをサプライズで行おうとしているのなら、あまりにも酷い。

 普段はあんなにポーカーフェイスが得意なのに、どうして今はそれが出来ないのか。仕事とプライベートは別だとでも言うのか。

 変な話だ。



「かしこまりました。それでは案内してもらえますか?」



 早く行かないと、みんな待っているだろう。

 主役は遅れて登場するものだと言っている場合ではない。


 それなのにも関わらず、父は全く動こうとしなかった。



「お父様、早く行きましょう?」


「ああ、ほら」


「ほら?」



 突然腕を出されて、ただじっと見つめられる。意味が分からず俺も見返していれば、咳払いをされた。



「エスコートを」


「えすこーと? あ、そういうことですか」



 まさか会場までエスコートしてくれるなんて、一体どういう風の吹き回しだろう。でも好意を無下には出来ない。


 俺は恐る恐る父の腕に、自分の腕を絡ませた。自然と距離が近くなって、胸が落ち着かない。



「これでいいですか?」



 まだまだ身長が足りず、不格好な形になっているが、父は何故か嬉しそうにしているから良いか。



「いくか」



 エスコートしているけど、とてつもなくギクシャクしている。



「はい、お父様」



 触れ合っているからだろうか。いつもより、父との心の距離が近くなっている気がした。








 父にエスコートされながら、俺は本館の会場まで連れてこられた。

 道中どこに行くのか尋ねられないし、向こうは向こうで別のことに気を取られていて無言だし、とても気まずい時間だった。



「着いた」



 さすが客を呼ぶ場所であって、この家の中で一番と言えるぐらい大きな扉だ。

 向こう側からは人の話し声も聞こえてくる。

 やはり俺は遅れてしまったらしい。



「お父様、ここは?」



 知らないふり知らないふり。

 上手く出来ているか微妙だけど、なんとか聞いてみる。



「……中に入れば分かる」



 返答は期待していなかったが、小さな声だったが答えが返ってきた。

 どうやって合図されたのか、俺達が辿り着いてすぐに扉が開かれる。


 これからが戦場だ。

 俺は気を引きしめて、向こうにいるだろう敵と戦うための心の準備をした。


 でも開いた先の光景に、その準備が無駄だったと分からせられる。



「……これは一体」



 会場にはたくさんの人がいた。

 等間隔で置かれたテーブルの上にある軽食やドリンクを飲みながら、俺が来るまで談笑して時間を潰していたようだ。


 扉が開いたことに気づいて視線が集中する。何十にも近い視線だが、緊張は予想よりも少なかった。


 それはこの会場にいる人が、ほとんど同世代と言えるぐらいの年齢だからだろう。

 下は七歳ぐらいから、上は二十代半ばぐらいだろうか。見た目だけではっきりとは判断出来ない人もいるが、だいたいそのぐらいだと思う。


 誰もがスーツを着て、そしてたぶん全員がいい所の息子だ。

 何人かは情報で知っている人がいるから間違いない。

 まさか他の攻略対象とここで会うとは。全く予想していなかった。考えれば招待されることもありえたのに、別のことに気を取られすぎていた。一生の不覚だ。



 俺の驚きを勘違いしたのか、父がまた咳払いをして覗き込んでくる。



「今日はお前の誕生日だろう。その、パーティーをだな、開いたんだ」



 その顔は緊張で強ばっていた。

 俺がどんな反応をするのか、もしかしたら怖がっているのかもしれない。


 ふと、高坂の言葉を思い出した。

 パーティーを開くのは、純粋に俺の誕生日を祝いたいから。ありえないと思っていたが、父のこの表情はひょっとするとひょっとするのか。



「ありがとうございます。とても、とっても嬉しいです」



 表情を作る必要はなかった。

 自然と笑顔になっていて、俺はそのままの勢いで父に抱きついた。


 腕の中の父は一瞬固まったが、すぐに俺の体を抱き上げてくれる。



「気に入ったか?」


「はい、とても。招待されたのは、みんな俺と同じぐらいの人なんですね」


「ああ。その方がいいと思ってな。それに、そろそろ交友関係を作っていくのも大事だろう?」



 俺にとっては、とてもありがたい。

 攻略対象とは早めに接点を作っておきたかったから、急なことだが収穫は大きいだろう。

 全員とは言わないが、出来る限りはたくさんの人と繋がりを持ちたい。


 会場を見渡しながら、俺は誰から先に話しかけるべきかを選んでいく。



「最高のプレゼントです。お父様」



 友達を作る場を設けてくれるなんて、本当に最高のプレゼントだ。

 俺は興奮しながら、父の首元にすり寄る。

 普段だったらこんな接触はしないが、今は嬉しさと興奮でテンションがハイになっている。大目に見て欲しい。


 猫のように感謝の気持ちを伝えていると、そっと頭を撫でられる。



「プレゼントは別に用意してある。お前のために家を……いや、後で渡すから楽しみにしてくれ」



 家という単語があった気がしたけど、きっと俺の聞き間違いだ。

 俺は現実逃避をしかけたが、今は先にやることがあるとなんとか踏ん張った。







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