第105話 不穏な






 鬼嶋が懐いたから、俺を何とか引き留めようとする勢力は無くなったのだろうか。

 そう楽観視したいが現実はそう甘くない。

 鬼嶋が無害になったところで、正体の知らない親衛隊もいるのだ。


 むしろ警戒しながら、学園生活を過ごしていた。

 でも、それでは全然足りなかった。







「むー!むー!」



 現在俺は、猿轡をはめられて両手足を縛られた状態で、小さな小屋みたいなところに転がされていた。

 いくら叫んでもくぐもった声しか出せず、周りを誰も通らないのか人の気配も無い。


 ここに来るまでの記憶はあいまいだ。

 気がついたらすでにこうなっていて、おそらく何かしらの薬物を使用されて気絶させられ、ここまで運ばれたのだろう。


 相手に対してだいぶ油断していた。

 でも、あまりにも手際がいい。



 まさか鬼嶋、じゃないよな?

 実際に鬼嶋だったとしたら、俺はどこかに売られるのだろうか。その前に話が出来ればいいのだが。


 絶対に違うとは言いきれず、考えると落ち込んでしまうから、まずはこの状況をどうにかしようと周囲を観察する。

 違う人が犯人の可能性も考えて、逃げるための手段は確保しておくか。


 ちょっとしたものを置く場所だから、使えそうなものはたくさんある。しかも俺を拘束しているのはガムテープだ。ロープや手錠よりは外しやすい。


 体をみの虫のように動かし、柱に近づく。

 そして角のあるところに手首を置くと、素早く上下させる。手が自由になれば、後はもうどうにでもなる。

 たまに素肌に触れて痛みや熱を感じたが我慢した。


 そのままどれぐらい経ったのか。集中していたから数秒ぐらいの気分だったが、ブチッと音を立てて手首が楽になった。

 思ったよりも簡単に出来た。


 あとは、口と足のガムテープを外せばいい。

 でもその前に、と首元からネックレスを取り出した。

 良かった。壊れていない。


 取り上げられているかもと思っていたから、運が良かった。ますます犯人のおそまつさが浮き彫りになってしまったが。


 手も自由になったことだし一人でも大丈夫なのだが、連絡しておかないと後でうるさいだろう。

 雪ノ下学園にとっては嫌かもしれないが、さすがに隠しきれるものではない。


 手順通りにSOS信号を送ると、足と口の拘束を楽勝で取り外し、窓の鍵を開けて小屋から抜け出した。

 外に出れば、景色でだいたいどの辺かすぐに分かる。


 まずは学園長代理に報告するかと、そっちの方へ向かおうとした。

 でも思い直して、結局小屋の前にとどまった。



 それから十分ほどの時間が経ち、ようやく人の声が聞こえてきた。

 わざわざ今ここに来るのだから、間違いなく犯人だ。声からして三人。それなら大丈夫だろう。


 あまり時間は残されていない。逆に俺から歩いて近寄った。

 拘束したはずの人が外にいて、逃げることも無く逆に自分達の方へと普通に歩いてくる。

 何が起こったのかすぐに理解出来なかったようで、口を大きく開いた状態で固まっていた。

 見た感じ不良っぽい。



「どうも。主犯の人に挨拶したいんだけど、どこにいるのか教えてもらえますか?」



 話しかければ、上手く呑み込めてはいないが緊急事態だということは察して、体を構えた。

 まあ、そう簡単に教えてくれるわけもないか。

 暴力は嫌いだが、この場合は正当防衛にしてもらおう。



「怪我をする前に教えた方が、お互いに良いと思うのだがな。……かかってこい」



 俺の挑発に怯みつつ、自分達の方が数では有利だと考えたらしい。

 どこか余裕を見せながら、三人一気に近づいてくる。



「俺はちゃんと忠告したからな」



 三人だからって、勝てると思ったら大間違いだ。






「よし。それじゃあ、君達のリーダーの元に案内してくれ」



 腕に自信があったのかもしれないが、俺からすれば子供を相手にしているようなものだった。

 しかも少し腕をひねって痛みつけただけで、簡単に降参してきた。


 俺としては楽だったが、こんなことをしでかすには実力が足りない。捨て駒か、トカゲのしっぽ扱いなのかもしれない。


 すっかり戦意喪失して大人しくなった三人にお願いすれば、勢いよく首を縦に振った。

 優しく笑いかけたのに、どうして怯えるのだろうか。不思議だ。



 三人に先導してもらい、俺は主犯格の元へと向かった。

 さて、一体誰が待っているのか。

 色々と予想してみたのだが、たどり着いた先でその予想は全部外れていた。



「どうして、ここに?」


「ここにいるのだから、答えは分かっているでしょう」



 分かっている。三人が嘘をついているので無ければ、主犯格だということは。

 でも、それにしても意味が全く分からない。



「俺を……裏切っていたんですか」


「裏切っていたわけではありません。元々こういうつもりでした」


「馬鹿みたいに騙されていたってわけですか」



 涼しい顔をして、彼は手招きした。



「立ち話もなんですから、少し話をしませんか」


「いえ。時間がありませんから」


「そうですか。もしかして助けを呼びましたか? 残念ですが無駄ですよ。この学園には妨害電波が流れていますから」


「……お望みどおり話をしましょうか」



 ネックレスの助けが駄目だったとしても、焦る必要は無い。

 俺は相手を睨みながら、促された椅子に座る。



「それじゃあ、まず何から話しますか。……雪ノ下さん」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る