第七話

 確かにさっきまで後ろを付いて来ていると思っていた一人の少女がいつの間にかその姿を消していた。


「あ、あれぇ? お嬢様? どこへ行かれたのですかぁ~、また私が御主人様に、御主人様に……」


 それからしばらく大きなお屋敷の中で一人の給仕メイドが四つん這いになりながら誰かを探していた。おろおろとたまに少女の残す手がかりを探している。この状況をあるじに見られてしまったことを考えて身震いをし、また必死に手がかりを探した。


「私がどうかしたか? サリーナ」


 ふと、彼女の頭上から聞き覚えのある声が聞こえた。この時点で誰が彼女に声をかけているのかは彼女自身わかっていたようなものだが念には念をということで、というかそれが本人ではないことにすがるような気持ちで声のした方へ給仕は顔を向けた。そうしてその顔を確認するや否や彼女は瞬時に立ち上がり頭を下げる。


「い、いえ、な、何でもございません。御主人様」


とはいえ白昼堂々廊下で四つん這いになっている状況が何も無いと言って誰が信じてくれるだろう。怪しさ満点事件の香りプンプンだ。

何より今日の朝、彼女は主にある事を頼まれている。


「……それでサリーナ。ヘレナはどうした?」


 そう、彼女は今朝お嬢様に付き添っていろということを主から頼まれる……というよりか厳命げんめいされていた。

 必死でサリーナは現状を打破できる言い訳を考えた。しかし整えられた服装などからは考えられないような、魔物ですら一瞬で凍りつかせるような鋭く冷たい視線にただの給仕が耐えられるはずもなかった。

 諦めたサリーナは今の状況を白状した「……逃げられてしまいました」、と。

 主が娘の傍に常に誰がを置いているのは一重にその娘が可愛いからというのと、彼女を一人にすると何をするのか分からないということが大きい。ついこの前は調理場にいつの間にか侵入していてちょっとしたボヤ騒ぎがおこった、昼過ぎにいなくなったと思ったら夕方に泥とかすり傷だらけで帰ってきたこともある。他にも挙げればキリがなく、ここまでそれ程大事になっていないのが不思議なくらい女の子にしては元気で活発なのだった。最近はようやく落ち着いてきてはいるが正直まだ何をやるのか予想もつかない。そんな状況では父親が心配するのも無理はない、それが唯一の一人娘となればなおさらであろう。

 普段であればここでサリーナは主人の部屋に直接首根っこを掴まれ連行されみっちり二時間ほど叱られるのだが、どうやら今日は主の機嫌がいいようだった。


「そうか、下がっていいぞ……あぁ、そうだ。ヘレナのために買ってきた物があるからあとで私の部屋に取りに来てくれ」


 そうして主人はサリーナが来た方向とは逆の方向、つまり彼が歩いてきたであろう廊下を戻って行った。

 あっけにとられながら返事をして、主人が廊下の角を曲がるのを確認すると胸をなでおろした。


「あっ、いけない、私も早くお嬢様を見つけないと」

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