第十六話

「うぅ、サリーナ……どこ?」


 いかにも人気のない裏路地を一人の少女が涙目になりながら歩いている。まだ昼前だというのに密集した建物のせいで地面まで日光が届いていなくどこか薄暗い、さらには風通しもよくないらしく空気もよどんでジメジメとしている。

 ずらりと並んでいる窓も全て雨戸から閉まっていて申し分程度に置かれている植木鉢の草木は生えておらずそこにはまるで生活感がない。


「うぅ……誰でもいいから出てきてよ」


 図らずともその願いはすぐに叶うことになった。ただ、ヘレナの思っていたのとは全く違う形で叶ったのだ。


「お嬢ちゃん、ここは危ないぞ。早くここから去ることをおすすめするのじゃ」


 あまりに背景に同化していたせいで入口前の階段に腰掛ける初老の老人の存在に気が付かずヘレナは情けない悲鳴をこぼした。


「じゃ、じゃからお嬢ちゃん、大きな声は……」


「……だって、私だって迷いたくて迷ってるわけじゃないもん。どうしてよ、どうして私は方向音痴なの、うぅ、おじいちゃん私を助けてよぉ」


 たとえ自分から声をかけたとしても相手の少女が半泣きの状態ですがってきたら流石にたじろぐものであろう。さらにはそれが金髪碧眼の美少女ときたらなおさらだ。少し伸びたあごひげを何度かなでながら問いかける。


「えぇっと、わしは何をすればいいのじゃね?」


「サリーナのところに連れて行ってぇ」


「う、うむ。わかったのじゃ」


 泣いている美少女からのお願いということでついつい二つ返事で返答してしまったが当然このおじいさんがサリーナのことを知っているはずもない。だから彼女の容姿を少女から聞いたとしても何の解決にもならない。名前から女性、おそらくこの子の母親だろうと推測するのがせいぜいだ。


「と、とにかくこの裏路地からは出ないといけんの」


 おじいさんが慌てているのには理由がある。

 ここら一帯はサヘラ区画という、いわゆるスラム街にあたる。この辺はまだ浅い方だがこれよりも奥へと進んでしまうとろくな事は起こらない。スリや喧嘩は日常茶飯事、こんなに小さな少女が足を踏み入れようものならもう二度と陽の光を浴びることは叶わないと言っても過言ではないくらいには危険地帯なのだ。

 だから、アレイスロアに住む住人は絶対に子供を近づけさせない、何よりここは領主であるリブライトも手を焼いている場所なのだ。

 何年も前からこの区画の再建を計画しているが全くもって上手くいかず見捨てられた地、アレイスロアの汚点などと揶揄やゆされている。


「さぁ、お嬢ちゃん。こっちへ……」


 おじいさんが杖を片手に立ち上がったその時だった。


「おうおう、じいちゃん。いいもん持ってるじゃねぇか」


 おじいさんの顔が一瞬にして蒼白になる。声がした方へ振り返ればこの区画において最も出くわしたくない人物がそこには立っていた。


「……リグニス・アレクローサ。なぜお主がここにおる」

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