第十七話

「つれないねぇ、俺とお前の中じゃないかじいちゃん……いいや、ダレア・アクス」


 ガタイのいいいかにも武闘家といった感じの男が二人のことを見下ろしている。腰には長剣を下げ、革の鎧で全身を武装している。


「その名前で呼ぶんじゃない。それはもう棄てた名じゃ」


 リグニスの言葉を一蹴するおじいさん、もといダレアであったが地面についた杖も両足も小刻みに震えていた。

 ヘレナはというと異様なその雰囲気にスっとダレアの後ろへと身を隠した。


「なぁ、嬢ちゃん。困ってるんだろ? 俺が外に連れてってやるよ」


 リグニスの下卑げびた笑みに思わずヘレナが短い悲鳴をこぼしてさらにダレアの後ろへと隠れる。本能的に関わってはいけないと感じたのかダレアの服の裾を掴む手にはより一層力がこもっていた。


「なっ、この子は儂が拾った。何より他人の領域には介入しないのがここでのルールであろう。お主が作ったものをお主自ら破るというのはいささか身勝手が過ぎるのではないかの」


「は、死に損ないが。生意気に吠えるじゃねぇか。でもお前が今言ったじゃねぇか、ここでは俺がルールなんだぜ。作るのも破るのも俺の自由さ」


「お主らのせいでこの区画の治安はまるで地獄じゃ。アレイスロアの汚点といわれ……」


「はっ、だからどうした、俺がいなければここはもっと地獄だっただろうよ」


「たわけ、落ちこぼれの我らが街や国を仕切ろうなどと考えるものではない。お主がいたからこの程度ですんじゃだと? 寝言は寝て言うのじゃ、ここはお主がいたからこの程度で済んだんじゃない、お主がいたからこの程度の状態で停滞してっしまっておるのじゃ、いつまでたっても前に進めないのじゃ。いい加減目を覚ませ、リグニス」


 舌戦においてはダレアの方に軍杯が上がるようでグッと言葉に詰まるとリグニスは腰に下げた長剣の柄に手をかけた。

 次の瞬間一気にそれを引き抜くとダレアに切りかかる。ダレアもヘレナも何も出来ないでただ目を瞑る。


「少々、おいたが過ぎるようですわ」


 しかして振り下ろされた長剣はダレアに届くことは無かった。颯爽さっそうと飛び込んだ何者かが目にも止まらぬ速さでその剣を弾き飛ばしたのだ。


「サリーナ!」


 甲高い金属音と共にヘレナの歓喜の叫びが建物間をこだまする。


「ちっ、次から次へと俺の邪魔ばかりしやがって、もうめんどくせぇから全員この場で殺してやる。俺に逆らったらどうなるかを見せしめてやる」


 激昂するリグルスとは対照にダレアはぽかぁーんと口を開け放心状態だった。というのもサヘラ区画において最も腕っ節が強いリグルスは冒険者と比べるのならAランク、その中でもかなり上位にあたることは堅い。そんな彼の剣を軽々と弾いたのだ、しかも体格も半分くらいしかない女性がである。

 しかしダレアはやがてなにかに気がついたようだ。指を指して何度が口をパクパクさせた後に呟いた。


「……サリーナ。ま、まさか数年前に突然現れて忽然と姿を消したあのサリーナ・バルトホルンなのか? 疾風迅雷、電光石火、雷の化身とまでいわれた伝説級の冒険者、ギルド最高峰のSランク冒険者、サリーナ・バルトホルン」


 なんのことかとヘレナがサリーナを見上げるとサリーナは恥ずかしそうに目を逸らし「若気の至りです」と震える声でそう告げたのだった。


「……サリーナって元々冒険者だったの?」


 じーっとヘレナとダレアに見つめられてサリーナはため息をこぼし「別に隠しておくつもりは無かったのです」としぶしぶ語りだした。

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