第十五話

 堀に囲まれた立派な城壁にヘレナが思わず感嘆の声をもらす。跳ね橋の上を歩きながら左右の橋桁はしげたから交互に顔をのぞかせるその様子はまさに五歳児そのものであった。

 大きな開閉扉の端には更に別の扉と受付のようなものがあり、受付嬢とは別に一人の立派な髭を生やした門番が欠伸をしながら槍を片手に待機していた。

 サリーナが受付嬢にカードを渡すと受付嬢はカードとサリーナの顔を何度か見比べた後に何やらスタンプのようなものを押した。それと同時にスタンプと通行証が淡く光る。


「ふわぁ、それが魔道具?」


 ヘレナが背伸びをしながらカウンターの奥を覗いていた。その瞳はキラキラと輝いていて咄嗟にサリーナが抑えなければカウンターの向こうへと乗り込もうかという勢いだった。


「このお子さんは?」


 受付嬢がサリーナに抱き留められたヘレナの頭を撫でながら質問をする。


「……私の、子供です。まだ通行証は発行してないのですが」


 若干言葉に詰まりながらも台本通りにサリーナが告げる。というのもヘレナが自分の本名を口にできない以上使用人がいるというのは要らぬ誤解を招く可能性がある、ということで街道を歩いていた時にヘレナがサリーナに提案していたのだ。


「何かあったら私をサリーナの子供として扱って」


 そう言われたサリーナの表情がパァーっと明るくなる。「いいのですか?」と、ヘレナに詰め寄る。嬉しそうなサリーナはヘレナの両手をブンブンと上下に揺する。

 ただ、しばらくして首を傾げた。


「なんというか、お嬢様の母親になるというのは確かに嬉しいのですが、厄介事の方が多いような気が致します」


「失礼ね、私だって厄介事は避けているよ。ただ厄介事がこっちにやってくるというだけで……」


「それ、結果的に何も変わってないと思うのですが……」


 その後、サリーナはヘレナに二、三回小突かれたのだった。


「そう、それであなたの名前は?」


「ヘレナです」


 可愛い名前ね、と言ってもう一度ヘレナの頭を撫でると門番に目配せをする。


「了解しました。では通行証の発行を致しますので、どうぞこちらへ」


 いかにも歴戦といった感じの門番に案内されてヘレナとサリーナは詰所の中へと入った。

 一番手前の部屋へと通されポツンと置かれている椅子に座るように促される。


「ほぇ~、この世界にもカメラってあるんだ」


 その部屋の真ん中に置かれている三脚の上に備え付けられたものを見てヘレナが反応する。


「ねぇ、おじちゃん。これってどうやって動かすの?」


「うん、とりあえず、嬢ちゃんは椅子に座ってくれな」


 ぴょんぴょんと飛び回るヘレナの両脇を抱えて門番はヘレナを椅子に座らせる。

 言われた通りにおとなしく座っていたら門番は「特別だからな」と言ってカメラの使い方や構造なんかを事細かに教えてくれた。そしてどうやら門番にはヘレナと同い年くらいの孫がいるらしくとてもかわいいんだなんてどうでもいいがいい話もついでに聞かされた。

 ちなみにカメラもあのスタンプと同じような魔道具で風景を記憶する魔石の力を使っており、それに模写する魔法を併用して現像しているとのことだった。

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