第二章 新たなる旅立ち

第十四話

「ではとーさま、いってきます!」


 屋敷の玄関にヘレナの元気な声がこだまする。

 今日はいよいよヘレナが街に行く日。空はまるでヘレナが街へ行くことを歓迎しているかのように雲一つない晴天であった。

 とはいえお忍びではあるため服装は一応平民と同じに見えるように普段のようなドレスではなくワンピースを着ている。それはヘレナのそばに控えるサリーナも同じで、流石にヘレナと同じようなワンピースではないが街にいる冒険者のようにその白い太ももがむき出しの短いズボンと動きやすい服装として体のラインにピッタリの服をまとっており、短なマントを纏っているとはいえその姿はかなり刺激的であった。

 さっきからリブライトはチラチラとサリーナに視線を送っている。


「あぁ、気をつけてな。それとサリーナ、ヘレナを頼むぞ」


「はい、この命に変えましても」


 サリーナのあまりにも重い返しにヘレナはふふ、と笑いをこぼす。


「とーさまもサリーナも大げさですよ。別にこれから戦場に行くという訳では無いのですが……」


 そこまで言いかけたヘレナが二人の顔を見て言葉に詰まる。二人ともいつにも増して真剣な顔をしている。


「……あの、戦場に行くわけではないんですよね?」


「「…………」」


「ねぇ、答えてください、とーさま、サリーナ。なんで何も言わずに黙ってるの?」


 流石に心配になってヘレナはサリーナの袖をちょんちょんと引っ張る。そんな様子のヘレナを見てしばらく微動だにしなかった二人だったが次第に肩が震え、次には吹き出した。

 キョトンとするヘレナの頭をリブライトがガシガシと強く撫でる。


「大丈夫、何よりサリーナに任せておけば何も問題はない、万が一は起こらない」


 ガハハと高笑いするリブライトの手をヘレナがはたく。


「……とーさまなんて大っ嫌いです」


 ぷいとそっぽを向いたままぐしゃぐしゃにされた髪を手ぐしでほぐしながらヘレナは街道へと歩き始めた。

 後ろからはリブライトの痛々しい泣き声が響いていたがヘレナが振り返ることはなかった。慌てて後からついてきたサリーナは何度か振り返ってはヘレナの顔を覗くということを繰り返していたが街道に入りリブライトの慟哭が聞こえなくなるとそれもなくなった。

 そうして五分ほど街道を歩いたところでサリーナがヘレナに質問を投げかける。


「……お嬢様。どうかなさったのですか?」


 というのもどうにもヘレナの顔色がよくないのだ。


「……とーさま、大丈夫かな?」


「大丈夫ですよ、きっと。私たちが帰るころにはいつも通りに戻っておられるでしょう。お嬢様が帰った直後に抱き着かれる情景が簡単に思い浮かびます」


「ううん、そうじゃなくて。さっきまでかーさまが二階の窓から私たちのことを眺めてたの。あの様子だととーさまはまず助からない、助かったとしてもただじゃすまない。あの目は本気だった、だから少しでも状況を良くするためにとーさまにあんな態度をとったけど、多分……とーさま、死なないで」


 要領を得ないヘレナの回答にサリーナは首を傾げる。

 この後、屋敷の方角から一斉に野鳥の群れが飛んでいきその様子にヘレナが静かに手を合わせたのだった。

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