第九十八話
今までの攻防で一番大きな金属音が闘技場に響き渡る。
ソフィアが態勢を崩して勝負ありというところ、少なくともそう見ていた闘技場の生徒たちは今この場で何が起きたのかが分からずにいた。
レギウスが勝負の決着を告げ、その勝者はソフィアであることを宣言していた。
「…………大剣が、折れてる」
誰が発したか分からないその言葉で視線がラクスラインの手元へと集まる。確かに彼の持つ大剣は半分より先が綺麗に折れて地面に転がっていた。
この試合は交流戦と同じ形式で行われている。つまりルールや勝敗の決定方法はそれと全く同じなのだ。交流戦の勝敗の決定方法は主に二つ。一つはどちらか一方の降参の宣言ないしはそれに準ずる行為が行われた場合、そしてもう一つは所持する武具の損壊である。
本来であればそう簡単に武器が壊れる、ましてや折れるなんてことはそうそうない。それもラクスラインの持つような大剣ともなれば多少の刃こぼれはしようともなおさらである。何よりこれに関してはラクスライン本人でさえ驚きを隠せずにいた、ソフィアの顔と地面に転がる大剣の刃先を無言のまま交互に見比べている。
「―――ソフィア嬢、一体何をした?」
やっとの思いで質問を繰り出すラクスラインにソフィアは何食わぬ顔で淡々と「何って、あなたの剣を弾いただけですが……」、とさも当然といった表情を返す。その答えに闘技場は騒然、ラクスラインも面食らった様子で聞き返す。この状況ならまだ魔法を使った、そういわれた方が納得できるというもの。
「そうは言ってもだな、俺の剣がこんなふうに折れるなんてことはそうそうない、というか今までなかった」
「そうですか? 予備の武器みたいですしそういうことも……ってそうじゃないですね。すみません、弁償は後ほどさせていたただきますので」
深々と頭を下げるソフィアの言葉に反対するように左右に振っていたラクスラインの手が止まる。
「いや、それは気にしてないんだが……ソフィア嬢、これが予備武器だってわかったのか?」
「はい、そうでなければ叩き折るなんてことできません。さすがに普段使いするものを壊してしまっては仕事にも差し支えるでしょうから、それにあなたほどの人が普段使いしているものなら刃こぼれなんてしていないでしょうし何より授業なんかでは持ってこないでしょうから―――あの、ラクスラインさん、大丈夫ですか?」
しばらく放心状態だったラクスラインがため息とともに空を仰いで高笑いをする。
「全く、完敗だな。最初っから手加減されていたわけだ、俺が吞気に戦いに興奮している間にソフィア嬢はとっくに勝つための算段を用意していたわけだ」
「いえ、最初はそれこそ全く勝ち筋なんて見えていませんでしたよ。せめて防戦だけにはならないようにしよう、それだけでしたから」
「ならいつ勝てると踏んだんだ?」
彼の問いにソフィアは屈みこんで折れた剣先を両手で丁寧に拾い上げる。
「数回打ち合った後です、弾く場所によって伝わってくる衝撃が違かったのでもしかしたらと思いまして、とはいえ初撃の時点で手が痺れてしまっていましたから半分賭けみたいなものでしたわ。誘い込んだのは私ですけどあそこで剣が折れていなければ負けていたのは私です」
そう言って右手をひらひらと振るう彼女の顔を見つめてラクスラインは両目を手で覆って再び豪快に笑い飛ばす。「どっちにしろ完敗だな」、そう呟いて差し出された剣先を片手で受け取る。その後、反対の手に持っていた折れた剣を地面に突き刺して改めてソフィアに向き合った。そうして何も言わずにその手を彼女へと向けた。
意図をくみ取ったソフィアが槍を収めて両者が握手をすると闘技場は割れんばかりの歓声に包まれたのだった。
「ソフィアちゃん、これまだ準決勝何だけど……」
後に控えている一部の者を除いてではあったが。
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