第百七十九話

「え、サリーナはそれでいいの?」


「それでって、何が?」


「いや、だから、なんの見返りもなく全ての権利を明け渡すってことですよね。名前だったり諸々の権利を貸しているのですからその分の報酬だったりを受け取ってもいいわけでしょう。確かに娘だからっていうのはあるのでしょうけれど流石に甘すぎるのではないですか?」


「私は何もしてないからね。商会を立ち上げたのも場所を確保したのも従業員を雇い入れたのもヘレナだから。手伝いはおろか手助けらしい手助けだってさせてもらってないよ。全部入院している間のことだったからね」


 これに関しては私も流石に驚いた。

 ある日突然商会の娘さんと一緒に見舞いに来たと思ったら書類を渡されてのプレゼンだもん。

 それは正しく唖然の一言で二つ返事で了承してしまった訳だけれど思い返してみてもお嬢様とグレイちゃんの計画には穴がなかった。現にそれは成果として結果を出しているわけで商会を立ち上げてから数週間で新たな流行を作りあげたのだから素人目に見ても成功しているのは間違いない。


「それでも、ですよ」


 厳しい顔で私の顔を見つめるルーナ。


「大丈夫だよ。それは私よりもヘレナの方が理解してるよ、元々ヘレナはしっかり払うものは払うつもりだったみたいだしね」


 最初に見せられた書類の中には確かにその旨が書いてあった。

 だからこれは私の一方的なわがままだ。


「それなら、まぁ、双方がそれで納得しているというのなら私からこれ以上言うことはありませんけれど、サリーナ、一ついいですか?」


「何?」


「ヘレナちゃんは本当に五歳児なのですか?」


「それを私に聞いてどうするのさ。結局のところ私に言えるのはヘレナと一緒に過ごした期間は彼女が産まれてから今までの五年間だ、としか言いようはないでしょ。そもそもこの世界では外見と中身が全く異なるなんて珍しくもないじゃん。そうでしょ、外見と中身が違う筆頭」


「むう、それを言われると痛いのですが、でもそれはヘレナちゃんはヘレナちゃんでは無いとも言ってるわけですよね」


「何言ってるの。それこそ聞くまでもないでしょ。ヘレナはヘレナ、少なくとも私達が勝手に決めつけていいようなものでもない、というか決めつけられるものでもない」


 とはいえ、を今まで考えなかった訳では無い。何度か考えたことはある。

 でも、結局のところそれは意味の無い事だ。私がお嬢様をヘレナでは無いと考えてもお嬢様が自分をヘレナだと言うのなら、それは変えようのない事実であってそれがたとえ嘘であっても私達にはそれを嘘だと決定できる証拠もない。


「それに、たとえどうであっても私はヘレナを愛しているよ」


 これは嘘偽りのない私の本心。

 それがたとえどの立場の私から見ても―――。

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