幕間

第三十話

「ソフィア・フォン・カトラス」

 このカトラスという家名、それは私の一族の栄光の証であって呪いの象徴でもありました。

 グレイスロアという国が出来上がった当初からあった私の家はいわゆる名家というもので他の貴族からも一目置かれる大貴族。さらには代々槍術の家元でもあって、私の父は王国の中では右に出る者がいないというほどに強いらしいのですが、多分、それを知ればみんな羨望の眼差しで私のことを見ることでしょう。生まれながらにして将来を保障されているなんて思うかもしれません。

 でも、私にとってはそれが本当に嫌だったのです。

 好きでもない槍術を朝から晩まで身体中に青あざを作りながら叩き込まれて、やりたくもない勉強を無理やり詰め込まれて、何より不運だったのは私が四種魔法士クワッド・マジシャンの才能を持って生まれてきたということ。父も母もそれは喜んだそうです、父は嬉しすぎて卒倒したとも聞いています。父は私が産まれたことを本当に喜んでいてくれていました。だから私は好きでもない槍術の稽古を続けていたんです。ただ母はそうではなかった。母にとって嬉しかったのは私が産まれたことに対してではなく、この家、カトラス家の将来を思ってのことでしょう。

 ただ、今思えばそれが私にとっては幸運でもあったわけです。

 英才教育をしたかった母は早々に私のことを魔法学院に入学させようとしました。それも一番頭のいいところに。

 ただ、そこで問題だったのは私の年齢。私はまだ今年七歳になったばかり、同年代と比べれば多少勉強はできているとはいえ合格できるかはわからないというわけです。何より合格したとしてもこの年齢では友達はおろかいる場所さえないのではないのか。

 揺れる馬車の中でそんなことを考えていると私と同い年くらいの女の子が魔法学院の門をくぐっていくのが見えました。


「…………えっ!」


 女の子が手を振っていたであろう相手。その顔は以前から何度も見たことがありました。


「サリーナ・バルトホルン……じゃあ、あの子は」


 馬車が止まると同時に扉を開けて外に飛び出していました。御者ぎょしゃの呼びかけにも耳を貸さず一目散に女の子の元へと走り出したのでした。


「ねぇ、何してるの?」


 私が広場に着くと女の子は掲示板の前でぴょんぴょんと飛び跳ねていたのです。

 振り返った彼女は私の格好を見て即座に頭を低くして掲示板の前から外れようとしました。ただ、私はその遠ざかる肩を素早く咄嗟とっさに掴んだ。そう、掴んでしまったのです。


「ねぇ、私と友達になって」


 何を言えばいいのか分からずポロリとこぼれたのはそんな言葉でした。


「「…………」」


「……へ?」


 女の子から間抜けた声がこぼれます。それもそうでしょう、いきなり声をかけられたと思ったら友達になろうなんて言われたのですから。怪しさこの上ないでしょう、仮に私が彼女の立場なら何も言わずに軽く会釈してこの場を立ち去っているはずです。


「……私の名前はソフィア・フォン・カトラス」


 何であれとりあえずは名乗っておくべきですよね。大分順番が違っていると思うのですけれど。


「えーっと、ヘレナ……バルトホルン、です」


「じゃぁ、やっぱりサリーナ様の!」


 私はついつい彼女の両手を掴んで激しく上下に振り回してしまいました。

 ヘレナと名乗った少女はこういった状況に慣れているのか何なのか微妙な顔をしていたけれど絶えず笑顔を浮かべていました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る