第三十一話

「……そろそろかな」


 リブライトは客間の中を右往左往したり立ち上がったり座ったりととにかく落ち着かない様子だった。


「あなた、落ち着いてくださいよ。あの子ならきっと大丈夫ですから」


 そうは言ってもレイテもしきりに髪を結ったりこよったりと普段と比べるとだいぶ落ち着かないようだった。


「う、うむ。その通りだとは思うが、こう、なんというか緊張するだろ? まるで自分が受けていた時のようだ」


 二人がこんな昼間からわざわざ来客も無いのに客間にいるのにはそれなりの理由がある。何を隠そう今日は魔法学院の合格発表がある日なのだ。普段リブライトがサリーナと連絡を取り合っているのは丁度この部屋の真上にあるリブライトの書斎なのだが、今は足の踏み場もないほどに散らかっているためやむなく客間で待ったいるというわけなのだ。


 ―――コンコン。


 ドアノッカーの音が響いた。


「ん? 誰だ、今は忙しいというのに」


 普段であればメイドの誰かが出るためリブライトが出る必要はない。今日にしてもわざわざ領主自ら出向く必要はなかったのだが、リブライトはぶつくさ文句を言いながら客間から出ていった。

 そうしてしばらくすると不思議そうな顔をしながら客間に戻ってきた。


「あなたどうしたの?」


「魔法学院から手紙が届いた。どうせ招集されるんだろうが……しかし、去年はこんなこと一度もなかったのにな。というか……」


 そんな時、窓ガラスがコンコンとつつかれる。レイテが窓を開けると小鳥が一匹空色の羽を羽ばたかせ二人の前の机に降り立つ。


「リベレーション」


 リブライトが小鳥の頭を軽く撫でながら、呪文を唱える。

従魔サーヴァント』、属性を持たない召喚魔術。魔法とは違い魔力があれば誰もが使うことのできる人為的に作り出された疑似魔法。その分、詠唱は長ったらしい上にかなりの正確さを求められる。一文字間違えるだけでも効果が変わったり術が発動しないということもある。ただ、その汎用性はかなり高くこの世界ではもはやなくてはならないものとなっている。

 この小鳥のように自らの声を記憶させ特定の相手に送る、いわゆる伝書鳩のような使い方や戦闘における補助、視覚共有などの情報収集などその利用は多岐にわたる。


『……おはようございます、リブライト様。早速ですが魔法学院における入学試験の結果の方をお知らせしたいと思います。結果と致しましてはお嬢様は問題なく合格なされました、それも首席での入学となりました。つきましては近日中にお屋敷の方へ一度帰らせていただきたく思います。とはいえ、先日仰せつかった一件が未だ片付いておりませんのでそれが片付き次第ということにはなりますが……あっ、そうです。魔法学院の入学試験についてなのですが今までに満点で合格した生徒はおりますでしょうか。折り返しのほどよろしくお願いいたします。それから―――』


 時間切れのようで中途半端なところでサリーナの声が途切れる。役目が終わると小鳥は静かにリブライトの肩へと飛び移った。


「……まさか、こっちの手紙は」


 リブライトが魔法学院から送られてきた手紙の封を切り綺麗に折りたたまれた紙を広げていく。


『お手紙での連絡は久々となります。従魔を用いることも考えたのですがこれまでの形式に合わせましてこのような形に致しました。

 さて、この度実施いたしました第百三十七回入学試験におきまして創立以降初めてとなる満点での合格者が出ましたのでお知らせ申し上げました。ゆえに学長にこれらの生徒に激励の言葉を頂きたいと思うのです。つきましては入学式の前に一度会議を開いたいと存じます、そのため領主のお仕事もご多忙とは思いますが一度学院にご足労いただきたいと思います。 

 ヒスカラーテ』


 しばらくの沈黙の後、リブライトは彼の秘書が書いた手紙を再び折り直し封筒へと戻した。


「…………ヘレナ以外にも満点を取った生徒がいるのか? まぁ、とりあえず私も出ることになった。レイテ、至急準備を頼む」


「承りました。ちなみに私も同行してもよろしいですか?」


「流石に仕事だから……」と断ろうとしたリブライトであったがレイテの表情を見てため息を一つこぼし、仕方なく同行を許可したのだった。

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