第三章 波乱の幕開け

第三十二話

「お母さん、今日はどこ行くの?」


 魔法学院での入学試験が終わってから二日目の朝。いつにもまして早起きをさせられたヘレナは若干不機嫌な様子でサリーナのあとをついて歩いていた。


「う~ん、まぁ、行ってからのお楽しみかなぁ」


 少し複雑そうな表情をしながらサリーナが右耳を触る。


「ふぁ~あ、せっかく試験が終わったのに……ゆっくりしてたかったなぁ。そういえば結果っていつ発表されるの?」


「えぇ~っと、確かに一週間後? だったと思うよ。ちなみに試験はどうだったの?」


「……普通じゃないかな? あんまり難しいって感じじゃなかったよ、というか」


「というか?」


「ううん、何でもない」


(簡単だった、なんて言えないよね。それにそれは前世の記憶があるっていうのも大きく関係しているのだろうし、何というかズルしてるみたいで釈然としないなぁ)


 そう言って大きなため息をこぼしたヘレナ。


「おじょ―――」


「ああああああああ!」


 何かを言いかけたサリーナだったが突然のヘレナの叫び声に遮られる。


「今度は何ですか? さすがの私も心臓が止まりそうになるので突然大声を出さないでください」


 サリーナは本当に驚いたようで心臓のあたりに手を当てて大きく呼吸を繰り返している。


「明日、ソフィア様が遊びに来るんだった!」


 パァーっと明るくなったヘレナの表情に少し胸をなで下ろそうとしたサリーナだったが聞き覚えのある名前に嫌な予感を覚えた。


「ソフィア……ソフィア? も、もしかしてカトラス家のお嬢様ですか?」


「そうだけど、どうしたの?」


 キョトンとした表情のヘレナとは打って変わってサリーナは頭を抱えた。

 試験当日、ヘレナを迎えに行った時には特に変わったこともなかったし一人だったからてっきり何も無いと思っていたけれど、その考えが甘かったということを再び突きつけられた。

 そう、このお嬢様ヘレナが新しいところで何も起こさないなんてことはありえない。


「それで、どのような経緯で?」


「いきなり声をかけられたんだよ。友達になりましょうって、最初はサ、お母さんに会いたくて声掛けたのかなって思ったんだけど、カトラス家の権力を使えば解決しちゃうし、ソフィア様からそんなよこしまな感情は感じなかったんだよね」


「それは、ただ友達になりたかっただけだと思いますよ。あの試験いくら平均年齢が低いとしてもお嬢様やソフィア様のような年齢で受けさせるという人は少ないのですよ。受験料も発生しますから貴族たちはより確実に、といった感じで平均のど真ん中で受けさせますから……多分、お嬢様が私に手を振っていたのを見ておられたのですよ。だからとっさに口からこぼれてしまったのではないですか」


 サリーナがヘレナに手を振り返していたときにその後を必死にかけていった少女がよもやカトラス家のご令嬢とは思いもしなかったわけだが、サリーナにとってはもう一つ問題があった。


「……やっぱりそうなのかなぁ、昔よく言われたなぁ、裏の悪意ばっかり読んでるから表の本音が読めないんだって、とりあえず明日ソフィア様には謝らないと」


「……そう、ですね。ちなみになのですがソフィア様は私の事を何かおっしゃってました?」


 ソフィアは何度かリブライトの屋敷に訪れている上に子守りは決まってサリーナが担当させられていたのだ。もしかするとサリーナの顔を覚えているということもあるのかもしれない。そうなるとサリーナがソフィアに顔を見せるということが出来なくなるのだ。


(いや、そもそもどうしてソフィア様は私のことを知っているんでしょう。お嬢様と同い年と言っていたということは七歳ということになりますが、私が冒険者を引退したのは七年前。知っていてもおかしくはないですが関わりがなければ知っているはずがない。そもそも私の顔を知っている……カトラス家、はぁ、あぁ、そういう事ですか)


「う? すごーく尊敬してるって、家に大きな肖像画もあるんだって」


 大きなため息がサリーナからこぼれ小声で「やはりまだ飾ってあるのですか」と落胆したのだった。

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