第三十三話

 城門近くにあったヘレナたちの宿屋からしばらく街の中心へと歩いていくと冒険者ギルドや商業ギルドなどの様々なギルドの支部が建ち並ぶ。


「……どこかのギルドに呼ばれたの?」


「いいえ、違います」


 サリーナは立ち止まってヘレナの顔の高さまでかがむ。そうして耳元に小声でささやく。


「今日はお嬢様のお父様、私のご主人様からの頼み事です。したがって目的地はあの中です」


 サリーナが指を指したのは街のさらに中心。城壁の中にある壁の方だった。


「あの中って、貴族街じゃなかったっけ?」


 再び歩き出したサリーナはため息をついながら耳を触る。


「まぁ、英雄だったころの名残というか何というか。てっきりもう誰かが買ってるものだとばかり思ってたんですが」


 そんなこんなで歩くこと約五分。

 約二週間前にくぐった外門よりも豪華な門が二人を迎えた、大きさは外門の方が大きいがその両脇に掲げられている王国の紋章を刺繍している旗はひと目でわかるほどに手が込んでいる。何より衛兵が二人、完全武装で門番をしている。

 サヘラ区画を不本意とはいえ探索したヘレナもこの壁の向こうはついぞ探索することは出来きなかった。壁の上にも常時何人かの衛兵が代わる代わる警備していて外門なんかよりもよほど厳重に守備されているのだ。


「身分証の提示にご協力お願いします」


「はい、どうぞ。この子は私の娘ですので」


「英雄サリーナ・バルトホルン様、お待ちしておりました。領主様よりお話は伺っております、こちらへどうぞ」


 サリーナが身分証を見せた衛兵が彼女たちに敬礼をしたのち門の中へと歩き始める。

 何事もなく門をひいては駐屯所を通れることが分かりヘレナは人知れず胸をなで下ろしていた。

 というのも、ヘレナは数日前ここに、正確に言うと駐屯所の一室に訪れているのだ。それも壁をよじ登ろうとしているところを見つかって。そして何を隠そうそのヘレナを見つけたのが今二人を案内している衛兵なのだ。

 もう何を言われるものかとヘレナの心境は平穏とは程遠く、冷や汗もとどまることを知らないほどに出続けていた。


「こちらになります」


 衛兵に案内された先にはそれは立派な屋敷が建っていた。というよりもこの壁の中にある建物はどれも立派で豪華、しっかり区画も整備されていて流石貴族街とでもいうような佇まい、雰囲気をまとっていた。

 案内された屋敷も例外ではなく玄関の前には大きな噴水がありそれを囲むように花壇と庭が広がっていた。ヘレナにとってこの屋敷はリブライトの屋敷よりも一見豪華にすら見えた。


「はぁ、何も変わってない」


 庭の一角、彫像にも見える何かに巻き付いたツタを見据えてサリーナが肩を落とす。


「はい、領主様からの厳命でこの屋敷は我々が管理させていただきました。あと、住み込みのメイドが二人いますので細かいことはその二人に申し付けください」


「本当に至れり尽くせりって感じ……いや、最初からこのつもりで私をメイドにしたのかな。まぁ、それは置いておくにしてもあれは後で片付けておいてください」


 ブツブツと呟きながらも玄関に向かうサリーナ。その後について行こうとするヘレナだったが後ろから肩を叩かれた。


「……お嬢様、今度からはちゃんと門をくぐるようにしてくださいね。もう、自由に行き来できるんですから」


「……はい、ごめんなさい」


 衛兵は立ち上がりしょんぼりとするヘレナの頭を優しく撫でた。


「あぁ、あと駐屯所にも遊びに来てくださいね。あそこは普段から暇で暇で仕方ないんです、お嬢様が来てくださればそんなものとは無縁になれるでしょうからね」


 にしし、と笑いながら敬礼をした衛兵の背中を見送りながらヘレナはようやく額の汗を拭うことができたのだった。

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