第四十話

「……とんでもない目にあった」


 ぽつりとヘレナがつぶやき起き上がるとソフィアが心配そうな顔でヘレナのことを覗き込んだ。


「もう大丈夫ですか? 元通りになりました?」


「はい、それよりもここは……」


 キョロキョロと辺りを見渡すヘレナ。


「うん、屋敷の裏庭ですよ。サリーナ様に相談したらここに連れていけば元に戻るだろうってことだったので、敷物はレナリアさんが用意してくれていました」


 いつの間にかソフィアの隣に立ったレナリアが頭を下げる。


「そっか、ありがとう。レナリアもありがとう。ずっとここで待っていてくれていたんだよね。退屈だったでしょ、ここ緑と木ぐらいしかないし」


 すると、なぜかニヤニヤとするソフィア。その顔を見たヘレナの背筋は寒気を覚えた。いいタイプの微笑みと悪いタイプの微笑み、言い換えるのなら含み笑い、ソフィアの顔は間違いなく後者、それだけではなくなぜか同情されている気がヘレナにはしていた。


「いえ、そんなことありませんでしたよ。面白い話も聞くことができましたし」


「え、レナリア。何を話したんですか、何ですかその顔は。ちょっと」


 ソフィアもレナリアもニヤニヤするだけで何も言わない。


「ちょっとぉ、ソフィア。何を聞いたんですかぁ、私にも詳しく教えてくださいよ」


 逃げ回り追いかけ回すソフィアとヘレナ。普段は人気のない静かな木々の間を二人の笑い声がこだますることしばらく。


「ぜぇぜぇ、それで、ぜぇ、話す気になりましたか、ソフィア」


「ふふ、ゴホゴホ、甘いですわね、この程度で、ケホケホ、口を割ったりはしませんわ」


 ソフィアに追いついたヘレナがソフィアに飛びつき二人は揃って地面に倒れた。


「なら……」


 素早く起き上がったヘレナはソフィアにまたがる。驚いて瞬きを繰り返すソフィアの両脇に手を伸ばして思いっきりくすぐった。


「ふふっ、そんなことで、ふふふっ、私が喋るわけにゃい……」


 ヘレナの手が不意に止まり、二人は顔を見合わせる。しばらくの沈黙の後にソフィアは顔を真っ赤に染め上げて両手で覆い隠す。


「かわいいなぁ、もぉー!」


 その後ソフィアは謎のスイッチの入ってしまったヘレナにあちこちをくすぐり回され息も絶え絶え涙を滲ませていた。

 流石にいけないとレナリアがヘレナのことを抱え上げなければソフィアが気を失うのも時間の問題であっただろう。


「ソフィア様、大丈夫ですか。すいませんこんな状態のヘレナ様を見たことはなかったので……」


「だ、大丈夫ですわ……なんとかかろうじてですけれど、私決めましたわ。今度からは容赦なく護身術を使いますわ」


 拳を握って決意したソフィアにレナリアは静かに黙って首を縦に振った。

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