第四十一話

 日も傾き空がオレンジ色に染まった頃。


「それで、どうして二人とも泥だらけなんですか?」


 玄関では衣服を汚した二人と従者が一人正座をさせられていた。

 さすがにここまでは予想出来なかったサリーナがため息混じりにそう問いかける。彼女にとってさらに疑問だったのはレナリアまでもが二人のように泥だらけの事だった。ソフィアとヘレナの汚れ方は取っ組み合いになっていれば仕方がないのかもしれないがそれを仲裁する立場のレナリアまでが同じくらい汚れるというのは普通に考えてありえないことだった。


「ヘレナが暴走して私を押し倒したんです」


 キッパリと言い切るソフィアに慌ててヘレナが反論する。


「ちょっと待ってよ、それじゃ私が全部悪いみたいじゃん、元はと言えばソフィアが何話してたのか教えてくれなかったからでしょ」


 そこからは水掛け論というか押し問答で再び両者が掴み合うのにそれほど時間はかからなかった。


「まぁ、二人の仲がいいということはよくわかりましたから。レナリア、話は後で聞きますのでとりあえず二人を浴場に連れて行ってください」


「……承りました」


 組み合い唸り合う二人を相手に話を聞くことは出来ないと判断したサリーナはレナリアに命じると一度部屋へと戻って行った。その様子に何かを悟ったレナリアは涙目で頷いたのだった。

 ギャーギャー文句を言っていた二人の声がキャッキャとはしゃいだ声に変わった頃、レナリアはサリーナの部屋で再び正座をしていた。


「……それで、レナリア。どうしてあなたもそんなに汚れているの?」


「えーっと、これはその、なんと言うか……そ、そうです、ヘレナ様とソフィア様の喧嘩を止めようとして転んでしまって……」


「………………」


「あの、サリーナ様?」


 部屋の奥で座って何も言わずにレナリアのことを見下ろすサリーナに不気味さを感じてレナリアが少し後ずさる。


「まぁ、そういうことにしておきます。それで、ヘレナが言っていたってなんですか?」


 今後こそレナリアの顔から血の気が引いた。元とはいえサリーナは冒険者、何よりその中でも最高峰、英雄と呼ばれた彼女の眼光にサーっと蒼白するレナリアは口を数回パクパクさせて諦めたように事の顛末を語り始めたのだった。


 そんなことがあって玄関での一悶着から一時間と少々。

 浴場でもお湯を掛け合っていた二人の前には明らかに生気を失って今にも倒れそうなレナリアが控えていた。


「……あの、レナリア? 大丈夫? 何か、元気がないというか目が死んでるんだけど」


 顔の前で手を振っても反応のないレナリアに二人は顔を見合わせる。


「だ」


「「だ?」」


「大丈夫……なわけないじゃないですかぁ。あの後サリーナ様から質問攻めですよ、おかげに仕事が倍以上に増えて、う、うわあああん。せめて、せめて二人の髪を乾かして一時でも現実から解放させてくださいぃ」


「ちょちょちょ、ちょっと待って。レナリア汚れたまんまじゃん、また汚れちゃうから。せめて、レナリアもお風呂に入ってからにしてぇ」

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