第四十二話

「そういえば、なんだか今日は泊まっていきそうな雰囲気なんだけど、ソフィアは家には帰らないの?」


 入浴した後、なぜかサリーナに頼まれ応接間でボードゲームをしていた二人。ヘレナが自分の駒を動かしながらそう問いかける。


「私、帰りませんわ」


 ヘレナの寝間着を着て応接間のソファーでくつろぐソフィアはサイコロを振りながら淡々とそう告げた。


「いや、ソフィア。さすがにそういうわけにはいかないでしょ。ほら、お父様も心配するでしょうし」


「そのお父様と会いたくないんです。私は絶対に帰りませんわ」


 何とか説得しようと試みるヘレナであったが鋭く打たれた駒と今まで見たことも無いソフィアの真剣な顔で睨まれそれ以上何も言うことが出来ずにソファーの背もたれに寄りかかる。


「二人とも、夕飯の支度ができたのですけど、どうかしたのですか?」


 扉を開けて、その異様な雰囲気が気になったのだろう。サリーナが心配そうに二人を見比べている。


「お母さん! ちょうどいいところに。ソフィアをどうにかして、ソフィアが今日は家に帰らないって……」


 自分ではどうすることも出来ないと悟ったヘレナはサリーナに助けを求めたが彼女から返ってきた言葉はヘレナの求めていたものとは違った。


「そうなんですか? それは、ちょうど良かったです。私としてもソフィア様にはここに泊まってもらいたかったですから」


「やったぁ!」と両手を上げて喜ぶソフィアに対してヘレナはサリーナに目で文句を言う。そんなヘレナにサリーナは「レバノス様からも頼まれているし、それに明日ソフィア様にこの街を案内してもらえればいいのでは?」と小声で提案するがどうにもヘレナの不満はそれだけでは解消できないようだった。頬をふくらませたままのヘレナとサリーナがにらみ合うことしばらくして。


「何か、私以外はみんな何かしら得をしてるようですね。そうだ! こうしましょうよ、サリーナ。私とソフィアにお小遣いをくださいな」


 真っ直ぐな笑顔でヘレナはそう言い放った。


「え、なんでですか。ヘレナ様だってソフィア様とお泊まりになれて嬉しいでしょう?」


「それは否定しないけどさ、私何も知らされていよ、それにさっきも言ったけど私に得がないじゃん」


「ですから、ソフィア様とお泊まりになるということで……」


「元々、サリーナ達の都合でしょ? 私から頼んだわけじゃないんだから、ね?」


 その後喜ぶソフィアの後ろでコソコソとしかし激しき交渉が行われた。結果としてはヘレナの圧勝に終わり、サリーナは泣く泣く財布を取りに部屋を去っていったのだった。

 反対にものすごく嬉しそうな顔でヘレナに詰め寄るソフィア。


「ヘレナ! 明日は退屈させませんわよ。まずはあの店に行って、あれを買いましょう。それから……」


「お手柔らかに頼みますね」


 嬉しそうなソフィアの笑顔にヘレナは乾いた笑顔でそう返すのが精一杯だった。


「あ、そういえば明日、何か催し物がなかったっけ?」


「そうですの、明日は年に二度ある奉納祭ですの。ですから行くところに苦労はしなさそうです」


 楽しみが増えましたわ、とはしゃぐソフィア。

 そんな姿を見て、こんな日もあってもいいかな、と諦めるヘレナだった。

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