第四十三話

「ふぁあ~あ……とんでもなく眠いんですけど」


 フラフラした足取りのヘレナは屋敷を出たとたんに降り注ぐ日差しを両手で防ぎながら文句をこぼす。


「情けないですよ、ヘレナ。私を見習ってください」


 数歩歩いては欠伸をこぼすヘレナの様子に若干の不安を覚えながらソフィアは貴族街の大通りへとヘレナを案内する。


「そんなこと言ったって夜中まで情報を詰め込まれただけでも容量パンクしてるのに中途半端な時間にトイレについてきて、なんてたたき起こされたらこうして朝眠くなるのも当然だと思いませんか? 内容は覚えてないですけどなんかとんでもない夢を見た感覚がありますもん」


「だって……怖かったんですもん、改めて考えてみると何も知らない家に一人でいるんですよ。何が起こるか分かったもんじゃないですし、何かあっても自分じゃ何もできないんですよ。というか、夢に関しては私関係ないと思うんですけど」


「うん、いやまぁその通りなんだけどさ。元々ソフィアが言ったことなんだから。何よりあの屋敷には幽霊とかそういった類のものは出ないからね。由緒はあっても曰くはないんだから。それにしてもお母さんはどこに行ったんだろう。お小遣いは昨日もらってたから問題ないけど……見送ってくれてもいいと思ったんだけどなぁ」


 なぜか朝から屋敷を出るまで姿を見なかったサリーナに若干の嫌な予感を感じながらヘレナは欠伸をこぼす。


「それで、今日はどこから行くんですか?」


 涙を拭いながら目をこするヘレナ。


「……ヘレナ」


「な、なに? ソフィア、怖いんだけど」


 いきなり振り返りヘレナとの距離を詰めるソフィア。


「昨日、私の話全然聞いてなかったでしょ」


「いや、そんなことないよ。ちゃんと聞いてた聞いてたよ」


 正直なところヘレナは昨日の会話のほとんどを覚えてはいなかった。というのも労力の大部分を話を聞くことではなく寝ないことに割いていたからだ。ただ、努力はしていたとはいえやはり眠気というのに抗うのは難しかった。どうにも記憶のところどころが欠けているし思い出している順番も本当にあっているのかはたまたソフィアが話していたことなのか元々知っていたことなのか、あるいはヘレナの想像なのかの検討も今の彼女には出来なかった。それこそ確実にヘレナが覚えていると言えるのは話の最初の方にあった美味しいお菓子の屋台があるということぐらい。


「ねぇヘレナ、怒ってる?」


「え、どうしてですか?」


「だって、さっきから私のこと凄く睨んでるから……」


「いや、日差しが眩しいんですよ。それに怒ってなんかないですよ、ただ単に眠いだけですから……でもまぁ、今日を楽しませてくれなかったら怒っちゃうかもしれないです」


 いたずらっぽく微笑んだヘレナを見てこわばっていた表情が緩んだソフィアは拳と声を高らかに宣言した。


「私が案内するんです。つまらないなんてぜーったいに言わせないんですからね」

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