第四十四話

「……行ったな。いいのか? 見送んなくて」


 屋敷の屋根の上に座り込んだ二つの影が遠くなるヘレナとソフィアの後ろ姿を眺めていた。


「……私は、あの子に自分を誇るということはできそうにないです」


「はは、そりゃ耳の痛いこった。俺もそんなことはできそうにもねぇ、ソフィアから見りゃ俺なんて家の権力にすがってやりたくもない槍術を叩き込んでくる馬鹿親だろうな……でもまぁ、それってのは仕方ねぇのかもしれんな。どうあがいたって蛙の子は蛙ってやつだ、おたまじゃくしに生まれた時点で将来は決まってる、どんなに足掻いても変えられない未来がある。いつだって運命なんて残酷なもんさ」


「まぁ、それはそうかもしれませんが。それでもあなたには誇れるものがあるでしょう。私は……」


 スっと立ち上がったサリーナを見上げてレバノスは吹き出した。


「おいおい、いつものお前らしくないな。羨ましいなんて言わないでくれよな。こんなもん俺は欲しくて手にしたわけじゃねぇんだからよ。だから俺はソフィアに同じ道は辿らせたくなかった。何よりお前だって似たようなものだろ」


 背中に背負った槍の柄を撫でながらレバノスは空を見上げた。


「でもよ、俺には分からなかった。俺は親になって初めて知ったよ、多分、親父おやじもおんなじことを考えていたんだろうなってよ。ちいせぇ頃から修行だの特訓だの、俺はそんな親父が嫌いだった、大嫌いだった。家の歴史がどうだのこの槍がどうだのそんなの俺にはどうでもよかった。そんなことよりももっと別の生き方を選びたかった。だから、冒険者になった時だってあった。でもよ、結局冒険者を引退せざるを得なくなって子供が出来て俺がソフィアに教えられたのは家の歴史と槍術だけだった。皮肉なもんだぜ全く、俺が教えたくねぇことしか俺には教えられねぇんだから」


「……でも、ソフィア様はあなたと違って父親あなたのことを嫌ってはいないようですけれど」


「まぁ、それが救いでもありかせでもある。さぁて、無駄話も大概に俺らも動くとしようか。はぁあ、どうしてめでたい日にこんなことをしなくちゃならんのかね。よっと」


 屋根から飛び降りたレバノスは土煙を立てることなく静かに地面に着地した。


「んで、どうするよ。俺が四でもいいが」


 後に続いたサリーナも何事も無かったかのようにレバノスの隣に降り立つ。


「いえ、私が四つ行きます。元々あなたを巻き込んだような形ですから、なるべくの面倒はこっちの方で―――」


「おいおい、今更だな。ここまできちゃ、面倒の一つや二つ変わらねぇよ。結局全部まとめて面倒事だ。まぁでも、だとしたら俺は西側か」


「心配はしてませんが、用心はしてくださいね。仮にも国宝級の魔道具を持ってる可能性がある―――」


「そりゃ、そっくりそのままお前に返すよ。あの代物が有効なのは魔法士だ。俺は近接戦特化、魔法は使わねぇ。それにそんなものを端っこの隠れ家なんかに置いとくはずがねぇ……中央は最後一緒に叩くか?」


「いえ、終わった方が叩けばいいんじゃないですか? 早い者勝ちです」


「お前のそういうところは相変わらずだな。健闘を祈るぜ、疾風迅雷の英雄さんよ」


 ガハハと豪快な笑い声を響かせながら歩いていくレバノスの後ろ姿をしばらく見送って、サリーナも静かに地面を蹴った。

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