第四十五話

「それにしても、ここの空気は平日も祭日も変わりませんね。どんよりとまとわりつくようです」


 明け方ということもあり路地に陽の光は届いておらずそのせいか空気は冷たく、どこか重々しい。前回訪れた時と変わらない様子に足音を消していたサリーナだったがついつい独り言を呟いた。

 サヘラ区画、アレイスロアに根強く残る無法地帯。ここは数年前からとある組織が牛耳っているのだが、奥へ進めば進むほど治安が悪くなり今となっては最奥は衛兵ですら手をつけることが出来ないそう。噂では奴隷売買や薬物取引、公に出来ないありとあらゆる闇取引にはこの組織が関わっていると言われている。アレイスロアの裏の顔とも言えなくもないが組織自体はそこまで大きくない。サヘラ区画に七つある拠点も多いところで十三人、少ないところは五人程しかいない。


「ほんと、気持ち悪い」


 誰に向けてこぼしたか分からない独り言の後、一足で二階の屋根の上に飛び乗ったサリーナは震える手で腰に携えた刀の柄を握る。

 それからしばらく屋根伝いに歩いていたサリーナだったがとある家の上に飛び乗ったときにふと足が止まった。

 目の前にあるものが現れたのだ。

 サヘラ区画には似つかわしくない豪華なその屋敷には侵入を防ぐ鉄柵や堅牢な門があり、その両隣には門番が二人立っていた。

 とはいえ、建物自体はそれなりに隣接しているため、屋根の上のサリーナが屋敷の中、屋根の上へと侵入するのは容易だった。


「……ここですね。時間的にはちょうどいいはずですが……」


 サリーナがそうこぼした時だった。

 サヘラ区画の西側から爆音が響いた。


「流石、時間通りですね。それでは、私も応えるとしましょうか」


 静かに引き抜いた刀を屋敷の屋根に突き刺す。


「『雷鎚らいつい』」


 短く告げられたその一言によって眩く光った刀は雷鳴と共に屋根から屋敷を押し潰した。

 轟音の後に残るのは土煙とその中に佇む人影が一つ、その人影が手にするのは屋敷を貫通した刀。それは今なおも刀身から放電を続けていて煙の中で淡く輝いている。

 突然の崩落に動揺する門番が慌てて門を開閉し屋敷へと踏み入ろうとしたがすでに手遅れだった。屋敷から門へと一陣の風が吹き、二人の門番は血飛沫と共に地面倒れた。

 サリーナが屋敷の屋根に飛び移ってからここまで僅か十秒。誰も襲撃者の顔を見ることなく、何より誰一人として逃げることは叶わなかった。


「……さて、次へと向かいましょう」


 門を抜けた通りで刃から血を振り落とし鞘へと収めたサリーナは再び屋根の上へと飛び移って次の拠点へと移動を開始した。

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