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翠恋 暁

終わりと始まり

 そう、それは突然のことだった。


 世の中ではゴールデンウイークも中盤に差し掛かり新しい生活にも慣れてくる頃、彼女は幼稚園の時からの幼馴染と高校に入ってから出来た友人と一緒にデパートに行く予定を立てて駅前の広場でそれぞれの集合を待っていた。

 遅れるのが嫌いな彼女は今日も集合時間の十分前には広場で待機していた。スマホをいじりながらSNSが炎上しているのを見てため息をこぼしていると五分もしないうちに友人が手を振ってこちらに来た。


「おはよう、なぎさ。どうしたの? 朝一番からそんな顔して?」


 運気逃げるぞぉー、と言わんばかりに両頬を軽くつねられる。

 元気溌剌げんきはつらつという言葉がピッタリの笑顔をして今日もいつものように短い黒髪を横で束ねる友人に渚はさっきまで見ていたスマホを手渡す。


「おはよ、さくら、ほらこれ見てよ。どうしてこういうことができるのかなって」


 そこに写っているのはとあるコンビニのアイスクリームケース、その中に横たわるアルバイトと思しき青年。顔にモザイクがかかってはいるものの既にコメントでは住所はおろか、その人物のかなり細かな情報までもが公開されている。

 当該店にはかなりの苦情が殺到しているようで、それについての謝罪文がすぐに投稿されたのだがその内容があまりにも稚拙ちせつなもので全くの誠意も感じられないということで余計火に油を注ぐ結果となっている。


「これね……今や全国レベルの炎上事件だもんね。どーしてこうおんなじことを繰り返すんだろうね」


 意味が分からないと両手を広げ首を振る桜を見て再び渚はため息をこぼす。


「いやぁ、今やこの市のことを知らない人なんていないんじゃないかい?」


 いきなり背後から声をかけられ驚き振り向く二人を見てさぞ嬉しそうに笑いかけるのは渚の幼馴染のあかねである。ただ二人が驚いていたのも一瞬で次の瞬間には彼女らの顔には疑問の表情が浮かんでいた。というのもなぜか彼女の背中にはテニスのラケットバッグがかけてあるからだ。


「茜、それはどうしたの?」


 渚たちの疑問は当然のもので茜は高校で部活には所属していないし外部で活動をしているわけではない、いわゆる帰宅部なのだ。だから当然朝練なるものは存在していない、何より茜の性格的にそういうことがあるなら絶対に約束はしないというのが彼女たちの中の共通認識なのだ。


「あぁ、これはね……って、ああー! お兄さん、これこれ、一番大事なもの忘れてるよぉお!」


 淡い栗色の髪をなびかせて訳も分からず駅のホームの方へと駆ける茜を見て二人は顔を見合わせる。そうして揃って笑みをこぼすのだ。

 何かというと人助けをしないと気が済まないのはいつものこと、きっと今回もそうなのだろう。ただ決まって集合時間に遅れるということはないのだから一体何時に家を出ているのかというのが彼女らの中にある唯一残る謎である。


「……まぁ、後で聞けばいいか」


 普通に続くと信じていた日常、そもそも終わることなど考えもしなかった日常。きっとこれからも今までのように何事もなく続くと疑わなかった。そもそも続くかどうかなんてことを考えたりもしなかった。


 そんな時、どこからともなく閃光が広がった。そしてそれは音もなく瞬く間に彼女たちを包み込んだのだった。


 次に目を開けた渚を迎えたのは何もない真っ白い空間だった。

 今さっきまで駅前の広場にいた彼女は当然驚き周囲を見渡す、が何もない。


「……なにこれ……茜? 桜?」


 一瞬でさっきまでの周りの喧騒、賑やかな色彩の全てが消えてなくなった。


(考えなきゃ……何が起きて私がここにいるのかを、思い出すの…………どうして、何も思い出せないの……確かに私はさっきまで桜や茜と一緒に駅前の広場にいた、私は何か悪い夢でも見ているのだろうか……一体何がどうなってるの?)


 渚の中で様々な思考が現れては消えてを繰り返すが情報は全く整理することができない。そもそもこの空間には全くの情報がないのだ、空も海も陸もなければ家もない、渚以外の人間の姿でさえも見当たらない、ただただ真っ白い空間が広がっているだけ。どこまでも続いているようでありながらとても狭い空間に閉じ込められているような奇妙な感覚にさいなまれながら状況を整理するためにも渚はとりあえず歩いた。

 ただ、結果としてこの空間に果てなどなく渚は自分がどれだけ歩いたのかさえも分からなくなっていた。そうしてそれが渚の精神をパニックへと追いやっていた。


「……やぁ、大丈夫?」


 そんなことなどつゆ知らず……いいや、知っている上であえて知らないふりをして彼女は背後から渚の肩を叩いた。その顔はいかにも悪巧みをしている少年のようで渚がこれからするであろうの反応への期待の反面どこかそれを恐れているような感じが出ていた。

 結果的にやはりそれがトリガーだった。

 既に極限状態だった彼女の思考を一瞬にしてリセットするには十分だった。「ひゃう」と小さな悲鳴を残して渚の目の前はさらに白く染まり、ほどなくして彼女は地面へと倒れ込んだのだった。

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