第百九話
準決勝が双方劇的な幕引きを見せ、闘技場にいる生徒たちは決勝の始まりを今か今かと待ちわびていた。
「えー、皆には悪いがというわけで今日の授業はここまでとする。決勝戦も延期とする」
そんな中でのこの宣言である。
教壇に立つレギウスの下には当然非難や文句の声が飛び交う。彼の顔はまるで死人のように血の気が引いて憔悴しきっているというのに生徒たちにはそんなことは関係なかった。おそらく数分もしないうちに非難や文句の声は暴動へと発展するはずだ。
とはいえそれもまた当たり前と言えば当たり前の事だった。今の今まで生徒らは散々期待を高めさせられたのだ、それが最後の最後でお預けとなっては不満だって爆発して然るべき。状況としては目の前でおもちゃを取り上げられた子どもが駄々をこねるのと全く変わりない。そこには知性も交渉もあったものではないが目的を勝ち取る手段としてはこれが最も明解で手間がかからない。この際問題になるのはプライド、ひいては羞恥心であるがこれだけの生徒がいればその重荷は分散することになる。
結局のところ、数の力というのはそれだけ強大だということだ。
その圧力にじりじりと押されて後退るレギウス。彼としても決勝を延期、というかこの場合は中止しかないというこの状況は非常に歯がゆかった。しかし、それとこれとは話が別なのだ。どう伝えたものかと悩む彼の前で生徒たちの声はより強く大きくなっていく。
ただそれもどこからともなくひょいッと壇上に上がったミシェルの一声で潮が引いたかのように静かになった。
「まぁ、そんなに文句を言うな。それに悪いことばかりじゃないぞ。今回の試合並びにその結果や途中の過程などは私の独断で一切なかったこととしよう。その意味が分からないお前らじゃないだろ?」
とんでもない宣言であった。
普通に考えるとソフィア、クレアには有り得ない選択であるしラクスライン、特にクレアと戦った少年は医務室へと連行されている。それをミシェルの一存でなかったことにするというのはあまりにも横暴、理不尽極まりないこと、ではあるがここまで反感が大きくなってしまっては争点を根本から絶つのが問題の収拾としては一番である。何より生徒たちのモチベーションはこの試合で勝てば交流戦の選手になれる可能性があるというところに帰結している。
だからこそ彼女の一言でこれ幸いと文句を挙げる生徒はいなくなっていった。そうして徐々に落ち着きを取り戻しつつある人ごみの中をかき分けてきたヘレナは「全く勝手だよね」、と小言をこぼした後でソフィアに向かって右手を振るった。
「ヘレナっ! おかえりなさい、先生の頼み事は片付いたの?」
キョロキョロと辺りを見渡していたソフィアが目ざとくヘレナのことを見つけ出す。ヘレナに手を振り返す代わりに満面の笑顔を浮かべて彼女に駆け寄りそのまま飛びついた。
「うん、もともと頼み事ってほどのものじゃなかったからね。それより二人ともお疲れ様、上から見てたけど本当にすごかった!」
何とかソフィアを受け止めたヘレナはあとからやってきたクレアと一緒にソフィアのことを褒める。嬉しそうにはにかむソフィアの頭をヘレナがなでていると三人にラクスラインから声がかかったのだった。
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