第百八話

 しばらく試合を観戦して何かを思い出したかのようにグレイが隣のミシェルに話しかける。


「あの、先生。さっき、サリーナにもあんな芸当はできないって言ってましたよね、それってクレアスノールさんの方が七賢者よりも魔法の技術が上ってことですの?」


「そうだな。技術面、それも風属性魔法のみに絞るならクレアもサリーナに負けず劣らずってところだろうが、話はそんなに簡単じゃない。生憎とそれだけじゃ七賢者なんかにはなれない。ヘレナ、お前の母親が得意な魔法の種類は?」


「へっ―――えっと、雷?」


 突然話題を振られたヘレナは驚きながらもミシェルの問いかけに答える。


「じゃあグレイ、お前は文献かなんかで雷魔法、あるいはそれに準ずる記述を見たことがあるか?」


 その問いにグレイは首を横に振る。

 その点に関してはヘレナも同じであった。過去に実家に置いてあった数々の文献にもリブライトが買ってくる本の中にも魔法として雷を使うということはもちろん当然そのような魔法が存在しているということは書かれていなかった。興味があって派生魔法の類を調べたこともあったがそもそも派生魔法は全ての属性にあるものではなく特殊系統の魔法には存在する可能性すらないということらしいのだ。そして少なくとも今の段階で存在している派生魔法は氷と重力の二種類しかない。


「サリーナ曰く、雷魔法は風属性魔法の派生形の魔法らしい。まぁ実際にそれは間違いないだろうな、なんてったってあいつには風属性の適性しかないからな。でも、問題はそこじゃない、派生形の魔法は基本的に派生元の魔法が使える者であれば難なく、とはいかないが発動させることができる。だから、水属性魔法が使える奴は氷魔法が使えるし私も一応土属性の派生魔法は使える…………だが、雷魔法は今の今まで誰一人として使えたことがない。そもそも先駆者がいないんだ、だから今この世界で雷魔法を使えるのはあいつだけってことになる。それだけだって評価されるってのにあいつはそれだけじゃない。正直なところ七賢者わたしらだってその功績には一歩引かざるを得ない。私も一部では天才だなんだってもてはやされていたが一度本物の天才が現れれば私なんて凡人よりもちょっとばかし魔法が得意でほんの少し頭の回転が速いだけだ」


 ミシェルの口からは似つかわしくないべた褒めの言葉にさすがのヘレナも興味と共に口を開いた。ヘレナからすれば生まれたから六年間、両親のほかに最も近くにいたのが他ならないサリーナである。そんな彼女が七賢者である、ということを知ったのだってつい最近である。それだってヘレナの中では衝撃だというのに目の前の七賢者ミシェルが言うにはその中でも飛び抜けているというのだ。


「……お母さんってそんなに凄かったの?」


「控えめに言っても魔法史にその名前が刻まれる、それも高々一ページなんてしょうもないものじゃない。間違いなく後世に語り継がれる程の偉業を成している……その様子じゃ全然知らなかったみたいだな。まぁ、あいつらしいと言えばあいつらしいが」


 目を見開いて驚くヘレナにミシェルは苦笑する。


「あとヘレナ、凄かったじゃなく今もなお凄いんだ。悔しいがその在り方には物凄く憧れる、生きる伝説とでも言うのか? 初めて会った時には年甲斐も無く興奮したな、そんでもってみっともなく嫉妬したもんだ。どうしてこんなにも差があるんだってな―――あぁ、この話はあいつには内緒で頼む、私にも立場があるからな」


 そう言って笑うミシェルの片隅でグレイはやはり自分の認識を改めて見直す必要があると強く実感するのであった。

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