第百七話
一拍遅れてやって来た突風がヘレナたちに吹き付ける。それによって彼女たちが各々の荒ぶる髪を押さえる中、クレアの後ろの竜巻がまるで意志を持ったかのように動き始める。
「なにあれっ!?」
さっきまでと比べ少しばかり小さくなった竜巻は両手を生やしまるでクレアの化身のような形を取った。その様子にヘレナは勢いのまま手すりから身を乗り出し溢れんばかりの興味を全身で表現する。
グレイは柄にもなく興奮した様子のヘレナに若干引き気味でミシェルも彼女が落下しないように細心の注意を払いながら淡々と簡潔に説明をする。
「あれは、クレアの魔法だ。あいつは風属性の魔法が得意だからな」
「へぇー、風魔法ってあんなこともできるんだぁ」
ミシェルの説明に「え? それだけですの?」、と彼女の顔を二度三度見返すグレイであったがその後のヘレナの反応で理解出来てないのは自分だけなのかと困惑する。
「あの、先生? 今年の入学生ってあれくらいの魔法が使えるのが普通なのですか?」
そうだとしたらグレイは自分の現状、ひいては魔法そのものの捉え方、考え方を改める必要が出てくる。とはいえ既にこの学院に入学してからというもの彼女の中でこれまでの価値観にちらほらと亀裂が入ってきているのもまた事実。
だからこそ、可能性としてはあれが普通では無いとは決してない言いきれないのであった。
「いや、普通はできないぞ。できたとしても精々竜巻を召喚するくらいが限界だ、あいつみたいに竜巻自体を思いのままに動かすってのは誰にでも出来る事じゃない。言っちゃあ何だがあんな芸当サリーナだって出来やしないぞ。クレアは自分は大した事はないって事ある毎に自分を卑下しているが大概あいつも特別なんだよ…………でも、あれ以来あの魔法は使おうとすらしなかったってのに一体どういう心境の変化だ?」
ミシェルのその言葉に少しだけ胸をなでおろしたグレイは「あれ以来って」、そう聞こうとした……が、その次の言葉が彼女の口から出ることはなかった。ヘレナがグレイの口を両手で塞いでいたからだ。
目で疑問を訴えかけるグレイにヘレナはただ静かに首を横に振る。
「なんだ? 聞かないのか?」
「聞きたくない、です。少なくともクレアから聞くまでは。それに大事なことなら本人から聞いた方がより正確だから。でも、グレイがそれを聞きたいというのなら私はそれを止めないよ。聞くも聞かないもその人次第、それに私は秘密があるからって離れていくほど薄情じゃないから」
そう言いながら僅かに視線をミシェルから下に落とすヘレナ。グレイの口から手を離して座席に座り直したヘレナを見て少しばかり表情を柔らかくするミシェル。
「なるほどな。どうでもいいことには遠慮なくズカズカと入り込んでくるくせに妙なところはわきまえてるんだな。まぁ、私もその方がお前も私も助かるってもんだ───で、グレイは聞きたいか?」
「……私ってそこまで常識が無いように見えます?」
「冗談だ、ほらどうせならよく見てろ」、そういってグレイの肩を軽く叩いて立ち上がらせるとミシェルは試合の観戦に戻った。
「……私って、やっぱり汚いのかな」
俯いたヘレナの独り言、今なお鳴り響く戦闘音の中では簡単にかき消されるほどに小さいその言葉にグレイは気が付かない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます