第九十六話

 クレアが傍らで転げまわる間にも二人の戦いは続いていた。

 互いに一歩も譲らない駆け引きが続いている。

 それでも両者の様子には若干の違いが見え始めていた。未だ余裕の見えるラクスラインに対してソフィアの息は軽く上がっておりなおかつ先程からしきりに自らの手のひらを見返している。彼女が懸念していたようにソフィアの手のひらは今までの強烈な衝撃のせいで試合を開始した時よりも思うように動かなくなっていた。

 ただ、だからといってソフィアが追撃の手を緩めることはできなかった。彼女は分かっていた仮にも防戦に入ってしまえばそれこそまだ見えている勝ち目が完全に消えてなくなってしまうということに。とはいえだからといってラクスラインが攻撃の手を緩めてくれるわけではない。

 中々見えない兆しにさすがにソフィアも顔をしかめる。


「ミシェル。あの二人、どっちが勝つと思う?」


 しばらくしてこめかみを押さえながら起き上がったクレアは何の前触れもなくミシェルに質問を飛ばした。ミシェルに向き直ることなく闘技場を注視するクレアにため息をこぼして彼女は言葉を続ける。


「それを俺に聞いて何になるんだ」


「別に、深い意味はないよ。純粋にミシェルから見てあの二人の優劣はどうなるのかなって気になっただけ」


「実力はほとんど拮抗しているな。ただ、経験や何より時間を鑑みるとラクスラインに傾く。何よりソフィアとラクスラインでは比べるまでもない大きな差がある。ソフィアの一撃とラクスラインの一撃は同じ一撃でも根本的に異なる。まぁ、簡単に言えばソフィアにとってはまず一番戦いづらい相手だろうな」


 ラクスラインの顔にも僅かに余裕が生まれ、闘技場の生徒たちも無意識のうちに彼が勝つと思い始めていた。誰も明言はしないが空気は明らかにラクスラインへと傾き始めていた。そんな雰囲気の闘技場を見渡してミシェルは小さく微笑む。


「ただ、今回に限ってはそうでもない」


「どういうこと? ソフィアちゃんはその逆境を打ち破る何かを持ってるってこと?」


 食い気味のクレアにミシェルは「さぁな、あるかもしれないしないかもしれない」、とだけ返して立ち上がる。曖昧な回答にふくれっ面のクレアにあとは自分で考えろとでも言いたげに片手を振って闘技場を去っていく。


「ほんと、適当―――っ! ソフィアちゃん!」


 クレアが視線を戻すとそこには槍を弾かれ大きく態勢を崩したソフィアがいた。

 これまでの攻防では見られなかった大きな隙がソフィアに生じる、その様子に闘技場にいる誰もが勝負の決着を予感した。


「さぁ、これで終いだ。ソフィア嬢」


「―――あなたならきっとそうしてくれると思いました」


 ここぞとばかりに振りかぶるラクスラインは気が付くことはできなかった。小さく呟いたソフィアが不敵に笑っていることに。

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