第九十五話

 ソフィアとラクスラインの攻防はまるで闘技場の歓声に応えるかのようにますますその速さを上げていた。ほとんどの生徒はおろかクレアさえも二人の軌道を追うだけで精一杯であった。他の生徒は気楽に声援を送っているがクレアはそうもいかなかった。勝ち上がれば自分が先ほどまでの攻撃を受けなければいけないということ、というよりも実際にその状況がすぐそこまで来ているのだ、ラクスラインの初撃、続くソフィアの突きを受けなければならないのを自分として想像してクレアはたまらず身震いする。


「相変わらずソフィアちゃんもソフィアちゃんだけど、まさかラクスラインさんがあれほどまでとは……。避けるならまだしも体勢を崩した状態からソフィアちゃんの反撃を、それも完璧に防ぐなんて。というか両方とも容赦なさすぎじゃないの、普通にソフィアちゃんやラクスラインさんじゃなければ防げてないよね。というかあんなのと私は戦わないといけないんですか?」


「ほんと、驚いたな」


 物思いにふけっていたこともあり突然背後からかけられた声にクレアの体は軽く跳ねる。ただ聞き覚えのあるその声にクレアは恨めしそうに振り返る。


「ミシェル……先生。いきなり背後から声をかけるのは止めて下さい。本当に心臓が飛び出るかと……」


「やめろやめろ、いつも通りでいいって。お前に敬語を使われるとむずがゆくてたまらない」


 大袈裟に手を振ってクレアの会話を遮るミシェル。

 そのまま隣に座り込むミシェルにため息を返してクレアはしばらく周囲を見渡す。そうしてからその要求を渋々のみこむのだった。


「……分かった、それで何に驚いたの?」


「ん、言うまでもないだろ。今年の一年の水準の高さだ、特にその頂点連中はとんでもない。もちろんお前を含めてな、正直俺としてはここまで優秀な奴が多いとは思ってもみなかった。冗談抜きでお前が一番だと思ってたからな、いい意味で期待を裏切られた……」


「―――やっぱりそんなに凄いんだ」


 諦めたようにため息をつくクレアを見てミシェルは立ち上がってその頭を優しく撫でる。


「クレア、お前はあいつらみたいにはなれないぞ。いや、違うな、あいつらみたいにはならない方がいいって言った方が正しいか……まぁ、お前も既に片足を突っ込んでいるようなものだから何とも言えないがしっかりと自分自身を保てるところで引き返せるようにな」


「…………それって、ヘレナちゃんやソフィアちゃんはもう引き返せないところまで行っちゃってるってこと?」


 そう言って不安そうに見上げるクレアにミシェルは慌てて訂正を入れる。


「違う違う、全くもってそういうことじゃない。俺が言いたいのはあんまり他人と自分を比べて悲観するなってことだ、お前は昔からそうだからな。ちょっとしたことで自分を卑下して良くない方へと流れていく、そういった事じゃあお前がこの中で一番面倒くさい。他人と比べるな、とは言わないが参考程度にしておけ、元々何もかもが違う別人なんだ、違う部分なんてあって当然、いちいち比較なんてしていたらそれこそきりがないんだからな…………いいか、くれぐれも自分に見合わない力を得ようなんて考えるなよ」


「ふふ、今日は一段と教師のようですね」


 冗談混じりに笑いかけるクレアに無言のまま笑みを返してミシェルは静かに彼女の背後に回る。そして容赦なく両方の拳でこめかみを押さえつけて勢い良く回転させる。

 短い悲鳴と共に闘技場に倒れ込んだクレアはその後数分間その場で悶え苦しんでいた。

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