第百四十一話

「───きれいな人」


 静まりきった教室でポツリとこぼれたソフィアの一言。


「本当にね。でも、グレイスなんて今までに聞いた事ないんだけどね……」


 この時、クレアはもちろんソフィアも何とも言えない違和感を感じていた。

 というのも彼女たちには目の前にいる『レイテシア・グレイス』という人物が初めてあったという気がしないのだった。無論、彼女たちが今までに『レイテシア』に会ったことは無い。

 ただ、無いとは言っても彼女の放つ雰囲気や存在感がそっくりそのままなのだ。ある少女が不意に見せる一瞬の隙もない雰囲気に隙を射抜くような視線はもはや言い逃れができない程に寝息を立てるヘレナそのものだった。


「…………」


 揃って視線を見合わせるソフィアとクレア。

 数秒間見つめあった二人であったが、このままでは埒が明かないとソフィアがいつもの方法でヘレナを起こそうとした時だった。

 明らかに異常とも呼ぶべき異変が起こったのだ。


「ふにゃぁあ!」


 結果としてヘレナは鳴き声とともに猫のように飛び起きた。慌てて周囲を見渡したヘレナは自分の耳に息をふきかけた人物を見やる。


「───かーさま……ん?」


 ぽかぁーん、と口を開けるソフィアとクレアを見てヘレナはようやっと現状を理解した。


(寝ぼけていたとはいえ致命的なミスだよ。サリーナとかーさまでは特徴が全く一致しない。まずもって印象が違いすぎる。いやでも私は側から見れば寝起き直後。それならそれならまだチャンスはある……かも?)


 すっかり眠気の冷めた頭で思考を加速させるヘレナはとりあえず「間違えたぁ」、とまぶたを擦った。

 誰かがクスッと笑ったの境に教室は笑いに包まれた。ヘレナも合わせて空笑いをするがその内心は当然穏やかでは無い。なぜならソフィアは相変わらず訳の分からなそうな表情をしているしクレアに至ってもヘレナと同じように感情の籠っていない笑い顔を浮かべているからである。

「次からは寝ちゃダメですからね」、と人差し指でヘレナのおでこをつつくグレイスに曖昧な返事を返してひとまずは息を着くヘレナ。


「ソフィア、起こしてくれても良かったじゃんおかげでみんなの笑いものだよ」


「う、うん。ごめんなさい、でも起こす前に先生が……」


 一度眠ってしまったヘレナの起こし方は主に二つ。とはいえ一つは自然に起きるのを待つだけだから方法としては実質一つしかない。

 それが普段ソフィアがし、今日突然グレイスがとった行動である。

『耳に息をかける』、これが唯一の方法だが少なくともソフィアの中でこの方法を知っているのは彼女の母親であるサリーナ、御者であり執事でもあるダレオス、彼女に使える二人のメイド、レナリアとセクタールしかいない。

 聞いたとしても信じられないような起こし方、普通であれば肩を揺すったり声をかけるなど手段がいくつもある、それでもなお耳に息を吹きかけたというのはそれしか方法がないと知っているからでなくてはおかしいのだ。


「ヘレナ、あの人と初めて会うわけじゃないですね?」

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