第百六十三話

「とは言っても、それこそ私が知っているのはヘレナさんから聞いたことだけですよ」


 私が気配をひっこめるのと同時にグレイさんは一息ついて散らばった本を一つ一つ拾い上げては再び机の上へと無造作に置いていきます。

 それなりに高い本の塔でしたから本もかなり散らばってしまいました。

 というか、思い返すと積みあがっていた本はグレイさんの身長よりも高かったような気がします。それが少なくとも四本は長机の上にそびえたっていましたからそれだけの本を一体どうやって積み上げたのだろう、と不思議に思いつつも散らばった本をグレイさんと一緒に拾い上げていると不意に彼女が本を宙へと放りました。


「―――えっ!?」


 意外過ぎる彼女の行動に思わず声が漏れてしまいましたが本当に驚いたのはその後でした。グレイさんは本の背表紙を少し見たかと思うと次々と同じように本を放ります。そうして放られた本はさっきまで無造作に置いてあるようにしか見えなかった本の上へと綺麗に積みあがっていくのです。


「な、なにをしていますの?」


「何って、本を分けているだけですよ。読んだ本と読んでない本、読んだ本の中でももう一度確認したいものとそうでないもの、それを分けているだけです―――あっ、このこと司書さんには内緒にしておいてくださいね。この前偶然見つかってしまって読み終わった本は読み終わったときに戻しなさいって怒られたので」


「え、いえ、そっちではないのですけど……」


 私と会話をしている間もグレイさんは本を放り続けてものの五分もしないうちに本は元の高さへと積み上がりました。

 結局、拾うことはできても積み上げることができない私はグレイさんの常識離れした特技を静かに見守っていることくらいしかできませんでした。何というかここ最近、妙に変な特技を持っている人に出会うことが多くなっている気がします。


「よし、それでは話の続きをしましょうか」


 そうして当の本人は何事も無いような顔をしているのです。

 これは私が「いやいや、おかしいですよね」、と指摘した方がいいんでしょうか。でも指摘したところできっと「何が?」、と相手は首を傾げるだけです。この学院に入学してからというもの普通の方が珍しく感じます。はっきり言ってそれは異常ではあるのですが、この世界ここならまんざらありえなくもない、と納得と言うよりも半ば諦めてしまう私もいるわけです。

 元の席についたグレイさんに合わせて私もその対面の席に腰かけます。

 そうして一息つくと、いえ一息をついたからでしょう。これまで感じなかった違和感が浮かび上がってきたのです。

 私はグレイさんに「ヘレナのことで聞きたいことがある」、と言っただけです。その中身については一切話していないはずです。

 それなのに私の行動や言葉から私の欲しい情報を抜き取れたということはグレイさんは私かそれ以上に人読みに長けているということに他ならない訳です。それならば私が舌戦という手段では勝ち目が無いのも分かります。だって相手が同じ手段を用いるならその対策だって簡単ですから、単純に自分がされたら嫌なことをすればいいのです。後は経験の差でしょうね。こればかりはどうにもなりませんね。


「はぁ、それでは教えてください」

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