第百二十二話
「あの、私名乗りましたっけ?」
ヘレナからすれば当然の疑問だったのだがカサンドラはその意図が理解出来ないようだった。その様子を見てヘレナも自分が何か変なことを言ったのかと黙り込む。
両者が首を傾げて固まる中ソフィアが声を上げる。
「ヘレナの乗ってる馬車は家紋ってついてないでしょ」
突然のソフィアの一言に言葉を詰まらせながらヘレナが何とか返答を返す。
「……う、うん、そうだね。そういえばソフィアの家のには扉とかに大きく彫ってあったよね、すごくかっこいいやつ」
ソフィアの家、つまりカトラス家は一本づつの剣と槍が交差しその周りを茨が覆うと言った家紋が馬車に彫られている。そしてグレイの実家であるルーデライト商会の荷馬車にも商会の商紋がしっかりと刻まれている。
「えぇ、そもそも馬車には紋を彫らなくちゃいけないんですの。貴族であっても商人であっても個人であっても。商人に至っては商紋の無い荷馬車で運んだ荷物はどこであっても売ることが出来ないとも聞いたことがあります」
これは商業ギルドも公認のものであって例えギルドで正式に発行された商業許可証を持っていたとしても紋の無い馬車では一切の販売が出来ない。それは絶対厳守のことで破れば最悪許可証の剥奪もある。
「え? でも、私たちが普段乗ってる馬車には家紋らしい家紋は無いよね」
「えぇ、例外的に家紋ないしは何らかの紋を付けていなくても馬車を使える人たちがいるんです」
ここまで言われればさすがにヘレナでもそれが誰なのかは想像にかたくない。
つまりそれは七賢者という事だ。
だとすればカサンドラが馬車を見た時点で中に誰が乗っているのかを察することは容易だ。
「ん? てことは今まで私たちって七賢者が通りますよって暗に公言しながら街中を走り回ってたの?」
「……知らなかったんですか?」
「全くだよ、お母さん何も言わないし貴族じゃないから無くてもおかしくないのかなって。そういえば確かに学院で見る馬車にも例外なく家紋が彫ってあった……でも、それだけじゃ私がサリーナの娘っていうのはわからなく無い?」
その疑問にはそれまで口を開かなかったカサンドラが素直に答えた。
「それはこいつから耳にたこができるくらい貴方の話を聞いていたからです、バルトホルンのご令嬢───あの、どうかなさいましたか?」
ヘレナの顔を見てカサンドラは何か無礼があったのかと額に汗を滲ませる。
「その呼び方やめて貰えませんか。ラクスラインさんから聞いているなら私の名前も知ってるんですよね。あと、敬語も要らないです、むず痒いので」
カサンドラはヘレナのその言葉に驚いて最初大きく目を見開いた。ただ、すぐに破顔して静かに笑みを浮かべた。
「ふふ、本当に聞いていた通りの人なんだね。ラクスラインから人となりは聞いていたけど確かにその通りだ。うん、分かったヘレナ、これからはそう呼ばせてもらうよ」
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