第百四十六話

「うん、さすがの観察力ですね。とはいえ魔法の発現には諸説あるのが現状です、主流がヘレナの言ったように戦場によるものというだけで史実にはそれとは結びつかないような事件もあるわけですからね―――さて、前置きも程々に無詠唱魔法の講義を始めましょうか」


 レイテシアはそう言うと黒板に書いていた文字を勢い良く消す。


「あっ、ヘレナはこっちですよ。私からあなたに教えることはないんですから」


 一息ついたヘレナが机に突っ伏すのを見越したような彼女の振り向きざまの言葉。

 その後、有無を言わさずヘレナを教壇へと引っ張り出すレイテシア。


「実際問題普段から詠唱魔法の方に慣れてる人が急に無詠唱魔法の説明を受けたって半分も理解出来ないでしょうから、ちょっとだけ質疑応答です。ヘレナ、あなたは魔法を使う時に何を考えているの?」


 レイテシアの質問に今更ながらに思考を巡らせるヘレナ。

「えっ、特に何も」、って答えられたらどれだけ楽か、と内心ため息をつく彼女であったがそれもそのはずでぱっと思い出せないくらいに意識していないのだからそれも当然である。

 そうしてしばらくの間無言で考え込んだヘレナは小さく声をあげた。


「……強いてあげるならどんな魔法か、かな?」


 ようやっと絞り出したヘレナの回答であったがいまいちクラスメイトたちには伝わっていないようだった。「もうちょっと詳しく」、というレイテシアのハンドジェスチャーにヘレナは再び思考を巡らせる。


「えーっと、魔法の効果? とか名前とか? でも、やっぱりぱっと考えるのは魔法名かも」


「つまりヘレナが魔法を発動させるときに思い浮かべるのは『ウォーターボール』という名前であって『それは天から零れた根源の蒼、水流の弾丸となりて我の敵を打ち貫け』という詠唱はそこまで考えていない、ということで大丈夫ですか?」


 レイテシアの見事なフォローに首を縦に振りながらヘレナは続ける。


「全部が全部そうってわけじゃないけど、基礎中の基礎の魔法ぐらいなら詠唱をしなくても十分に発動させられると思う、後は水属性の魔法は得意みたいだからわりかし何でも……でも、別にそこまで便利ってわけでもないよ。普通に魔力的にも精神的にも効率悪いし」


「それなら、ヘレナ。ここに書いてある魔法を発動させて?」


 そう言ってソフィアは魔法学の教科書を適当に開いておもむろにヘレナに見せつける。ソフィアが開いたページに書かれていたのは火属性の中位魔法『ヘルフレア』、火属性魔法の中でもそれなりに高位かつ難易度の高い魔法で少なくとも魔法学院に入学して数ヶ月の少女が使うようなまして使えるような魔法ではない。


「…………無理だよ。見た感じこの魔法使ったら私も含めてみんな部屋ごと消えて無くなっちゃう」


「なら、闘技場に―――」


 食い気味のソフィアにしかしヘレナは冷静にその言葉を遮る。


「いや、ううん、私の言い方が悪かったね。場所がどうこうじゃなくてそもそもこの魔法は今の私じゃ無詠唱では使えないよ」

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