第五十四話

 平然とした表情で気配を消した背後からの強襲に対応したサリーナ。それに対して強襲した男の心境は穏やかなものではなかった。視界外からの完璧な不意打ちのはずだった。何より男がサリーナの背後を取った時、彼女がそれに気が付いた様子はなかったはずなのだ。


「……久しぶり、とでも言うべきですかね。ノストラル、アレイスロア支部長補佐ゲイル・ルトビス。それとも元Aランク冒険者、炎廊えんろうのフレイルと呼んだ方がいいですか?」


 剣を払ったサリーナが男に向き合い、鋭く睨みつける。

 自らの正体を見破られ驚きの声を漏らすゲイル。


「あなた随分と変わりましたね。私の知るあなたはもっと正義感のある人だと思っていたんですけど…………人は変わるものなのかあるいは私の勘違いということですかね。やはり私には人を見る目がないのかもしれないですね。まぁ、それはさておきその腰のアイテムはどうしたのですか?」


 警戒するゲイルとは対照にサリーナは刀を鞘に納める。


「き、聞かれたことを俺が素直に答えてやる義理はない。それにこんなものがなくとも俺はお前が消えてからも、それこそ何もかもを犠牲にここまで這いあがってきたのだ。今更お前が出て来ようとも……そうだ今の俺なら昔のお前よりも強い」


 まるで自分に言い聞かせるようにゲイルは言い放つ。しかし、その言葉は震え彼が構える剣もまた小刻みに揺れている。


「はぁ、その魔道具に関しては聞かなくても分かってはいますが、となれば当然あなたも知ってますよね。それが国宝級の宝具と同価値の物であり持ち出すことが禁じられていることも。それに、これは正式な依頼ですしそれを取り返すためならばある程度の殺傷も許容されています……無駄でしょうけれど投降するなら今のうちですよ」


「はっ、何を馬鹿な。魔法が効かない今の俺なら―――」


 ゲイルが言い切るよりも前に一瞬にして彼の懐にもぐりこんだサリーナは無防備な彼に向かってショックを放った。瞬間、眩い発光と飛び散る雷撃が辺りを白く映し出す。


「……かはっ、どうして俺に雷撃が、魔法が届く」


「どうもあなたは犠牲にするものとその手段をだいぶ間違えているように思うんですけど、ただまあ流石は冒険者と言うべきですかね。諦めの悪さだけは一級品のようで。ですがあいにく守るものすら犠牲にしたあなたに守るものがある私は負けませんし、そもそも比べるなら今のあなたと今の私を比べるべきでしょう」


 サリーナは後ろに飛び去り、ゲイルはその場に膝を着く。


「もとより最初の一撃で気が付くべきです。背後から不意打ちをかけて仕留められてない時点であなたは私より劣っている。事実あなたも分かっていたでしょう、少なからず慌てていたのですから。ただやはり不思議です。どうしてあなたはあんな三流とも言えないようなクズの下についてるんですか、まともにやりあえばあなたの方が強さは何段か上のはずです。私にはあなたが命を懸けてまで従う義務というか必要性があるとは思えないのですが」


「は、それこそお前に教える義理もなければ道理もない。俺は俺が必要だと思うからここにいる。それ以上に理由などいらない―――これ以上話していても埒が明かないだろ、こいつを返して欲しければ俺から奪い取るこった」


 剣を地面に突き立て立ち上がるゲイル。

 その様子にため息をこぼすサリーナだったが彼が再び構え直した剣を見てその顔には驚きの色が見て取れた。ただそれも一瞬のことで僅かに口角を上げたサリーナは静かに刀を引き抜いた。


「なるほど、確かにあなたは強くなったようですね。ならば私も全力で応えるとしましょう―――『纏雷てんらい

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