第三話

「んっ………ふぁあ、いつの間にか寝ていたのか……って何事!」


 目を覚ますと渚がヤエの顔を覗き込んでいた。男であれ女であれ目を覚ました先に可愛い女の子が覗き込んでいればうれしい気持ちになるものではないだろうか、何よりその女の子が膝枕をしてくれているとなればなおさらだろう。

 知らず知らずのうちに緩んでいた口を慌ててヤエは左手で覆い隠す。


「い、いえ、すいません。随分とうなされていたのでこうすれば少しはましになるかなって考えたんですけど……迷惑でしたか?」


「いや、迷惑というかむしろご褒美……って、そうではなくて君、目を覚ましていたのか」


 言ってくれればいいのに、と思いながら額に手を置きながら起き上がるヤエ。ふと辺りを見渡して自分が眠ってしまう前に出したテーブルの上にある見慣れないものを見て再び驚愕する。

 なんとそこには作られたばかりで湯気を出す料理の数々が広がっていた。


「これは、どうしたんだ?」


 ヤエが眠る前に出したのは椅子とテーブル、それとソファーのみ、これだけの料理を作れるような設備は一切出していない。リビングのようにはしたがそこにキッチンまでは取り付けていないが見渡すといつの間にかキッチンが備え付けられていた。


「えーっと、お、お腹が空いたのでここにあるもので作ったんです。何でもあったからついつい作り過ぎてしまって……」


「何でも? う~ん、私の精神に無意識で干渉した? ……というかそもそも、その順応性の高さよ。さすがというべきなのかな」


 この空間ではヤエが許す限り彼女の知る範囲でそれらのものを自在に顕現させることができる。一応それらに制限らしい制限はないが空間自体に設定されている倫理コードに抵触する場合のみ機能が強制終了される。ただ、大前提としてあるのは彼女の許可なのである。つまり渚はヤエが感知しない領域で彼女の精神と接触をして許可を取得ということに他ならない。

 それが渚の持つ魂のなすことなのかどうなのかということはヤエには分からないがそれはヤエにとって少なくとも前代未聞のことであった。

 が、さらに大きな問題があった。

 それは、渚の作った料理である。それらは嗅覚だけではなく視覚までもを魅了し食欲を刺激する。なんでも出せるこの空間であってもヤエの知らないものは顕現できないために普段彼女が用意する食事というのは必然的に範囲が限定される。それに付随するようにとんでもない量の仕事をこなさなければならないとなれば、当然手を抜かざるを得ないというもの。常人であれば普通に過労死している仕事量であるが幸か不幸かいや、間違いなく不幸だが彼女には過労死、そもそも死という概念が存在しない。そういう存在なのだ。


「ねぇ、渚ちゃん。これ、食べてもいいかい?」


「……構わないですけど、どうして私の名前を?」


「あぁ、これは失礼した、神崎かんざき渚。私の名前はヤエ、あなたを転生させる、いわゆる神というものだ」


ドンッ、といった効果音が出そうなほどに自信満々に胸を張ってヤエはそう言った。


「か、神様? どういうことですか?」


「それは―――」、ヤエが答えるよりも早く彼女の胃袋が限界を告げた。

 二人はソファーから移動し、ヤエの出したテーブルで向かい合っていた。

 料理を食べる自称神様に若干の不審をを抱きつつも渚がその様子を見ていると不意に視線を上げたヤエと目が合う。


「ん? あぁどういうことって、そのままの意味だよ。私の仕事は君を別の世界に転生、つまり生まれ変わらせるってことなの、それよりもこれとっても美味しい……」


 そうして説明を始めたと思うと突然ヤエが下を向いて黙り込む。口に手を当てて何やらぶつぶつと独り言をこぼしている。その様子はどんどんと変化していく、百面相というのはこういう事をいうのだろう。

 いきなり黙り込み、代わる代わる顔を変えるヤエに再び怪しいと思いながらも渚は黙々と自分で作った料理を食べ続けていた。何よりその完成度が意外にも高いことを嚙み締めて少し感動していた。

 とはいえ今、自分の置かれている状況を未だに理解できてはいないために不安を感じずにはいられなかったがどうにも目の前の彼女に聞くことができる状態ではないのは見ればわかっていた。

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