第六十話
「……ナ……レナ…………ヘレナ、起きてください。学院につきましたよ」
「う~ん、後五分いや、十分でいいから」
寝ぼけるヘレナはそんなうわ言を呟いてソフィアの腕をつかんで抱きしめる。
「ヘレナぁ、そんなこと言ってないでって、ちょっとしがみつかないでよ、もうっ!」
何やらぶつぶつと呟くヘレナにはソフィアの声は一切聞こえていないようで「にひひ」と微笑みながら抱きしめた腕に頬を擦りつけている。
顔を真っ赤にしてぺしぺしとヘレナの頭を叩くソフィアであったがその程度の刺激で彼女を起こすことはできそうもなかった。
「うぅぅ~ダレオスさん、ヘレナを起こすことはできないんですか?」
扉を開けた御者は弱々しく尋ねるソフィアとその彼女に抱きつくヘレナを見て小さくため息をつく。
「……お嬢様の耳に軽く息を吹きかけてみてください」
ソフィアが言われた通りにヘレナの耳に息を吹きかける。
すると、ヘレナの体がビクンっと跳ねたかと思うと彼女は後ろに向かって飛び退いた。
開いた扉の向こうではダレオスが彼女を受け止めようとするのだが、馬車のステップではその勢いを逃がすことも押さえることも出来きるはずがなかった。「ほぇ?」というヘレナの素っ頓狂な声とともに二人は揃って地面に倒れ込んだのだった。
「……お嬢様、御怪我はありませんか?」
しばらく放心状態だったヘレナだったが自分の状況に気が付くと即座に立ち上がった。若干頬を赤らめながら振り返ってダレオスに向かって手を伸ばす。
「うん、わ、私は大丈夫だよ。ダレオスさんは?」
「ご心配には及びませんよ。慣れてますから」
ヘレナの手を取りながら微笑むダレオスにヘレナは「一言余計!」と言い放ってからふいっ、とそっぽを向いた。
そんな二人の様子が気になったのかソフィアが馬車から顔をのぞかせる。それを見てヘレナは彼女に急いで駆け寄る。
「ソフィアもごめんね。私、変なことしなかった?」
心配そうに見上げるヘレナの顔を見たソフィアの脳内にさっきまでのヘレナの寝顔が重なった。そしてその時の光景を思い出して気恥ずかしくなったのかソフィアは黙って顔を逸らすのだった。
「ちょ、ソフィア? その反応はなに? 私なにかしたの、ねぇソフィア、と、とりあえずごめんね。ねぇ、ソフィアぁ~」
「さ、行きましょ。遅れてしまいますわ」
擦り寄るヘレナを押しとどめて馬車から降りるソフィア。
そんな彼女がダレオスから荷物を受け取るとヘレナが学院の門を見上げていた。
「どうしたの?」
「ん? いやね、まだ二週間ちょっとしか経ってないのに随分と懐かしく感じてさ」
「ふふ、確かにとっても内容の濃い二週間でした。でも………」
不思議そうな顔をするヘレナの前に立ってニッコリと笑ったソフィアはヘレナの手を握ってそのまま駆け出す。
「これからの方が楽しいに決まってます」
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