第四章 波乱は万丈、平穏なる無事?

第五十九話

「ふふ、眠そうですね」


 馬車で揺られてウトウトしているヘレナをからかうようにソフィアが話しかける。


「う~、少し調べ物をしていたんだけど―――ふぁああ。ソフィア、肩貸して」


 よろよろと立ち上がったかと思うとヘレナはソフィアの隣に座り込む。


「……また、例の小説を読んでいたんですね。それにそのまま資料室で寝たんでしょ。寝ぐせ、まだ直っていませんよ。ほっぺに本のページらしきあとも残ってるし、サリーナ様がいないからって―――」


「う~ん、ソフィアまでそんなこと言わないでよ。そういったお𠮟りはレナリアから耳に胼胝たこができるくらい聞かされてるんだからさぁ。今朝だってこっぴどく怒られたよ、ソフィアだって聞いてたんでしょ? 止めてくれたっていいのに」


 そう言って頬を膨らませるヘレナ。

 今、ソフィアはヘレナと一緒の屋敷で暮らしている。

 例の事件、サヘラ区画を吹き飛ばし英雄を一時再起不能とした謎の爆発。家や瓦礫を跡形もなく、地面を数メートル抉るほどのあの爆発を耐えたという時点で既に人間離れしているがそんな彼女でも全治二か月の大怪我を負った。

 何を差し置き問題なのは彼女がそれだけの怪我を負うということである。

 この大陸には魔物を含めて様々な生物が生活しているがその中でも最強と揶揄やゆされるのがドラゴン。巨大な体躯でありながら空を自由自在に飛び回り炎を吐き攻撃を弾く強靭な鱗、その強さはまさしく神話級あるいは天災級。

 そんな化物をかすり傷程度の怪我で討伐してしまうのが彼女なのだ。そんな彼女が起き上がれなくなるほどの怪我を負う、それすなわちドラゴンをも凌駕する力を「ノストラル」が有しているということになる。少なくとも情報が整理できない今の段階ではレバノスにはそうとしか判断ができなかった。下手をすればこの街、王都ですら丸ごとなくなりかねない。

 そんな中で攫われかけた自分の娘とそんな組織の支部を壊滅させた英雄の娘、一緒にしておくことが危険なのは百も承知だが別々に守るよりもまとめて守った方が戦力的にも効率がいい。

 というわけでレバノスは例の事件の後も二人で暮らしてもらうことをヘレナとソフィアに提案していたのだ。

 当然のごとくソフィアは快諾、ヘレナもそんな彼女の様子を見ては断るに断れないといった感じでその提案を受け入れたのだった。


「ふふっ、ごめんなさい。でも寝るべき時間に寝ていなかったのはヘレナなのですからね、それに夜は寝るものです、規則正しい生活を送らなければ体にも悪いですし、それにそのせいでヘレナに何かあったら大変ですもの……って、ヘレナ? 聞いてますの?」


 全く反応のなくなったヘレナを横目で見ると彼女は肩にもたれてスヤスヤと穏やかな寝息を立てていた。


「もう、仕方ないですわね。それにしてもあの小説、そんなに面白いのかしら……今度読んでみようかな」


 ヘレナの髪を撫でながら窓の外を見たソフィアは優しく微笑んだ。

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