第五十八話

 冒険者になれてよかった。

 今、少なくともこれまでの生活を見返してみて俺は確かにそう断言できる。そうして思い返せば様々な感情がこみ上げてくる。いい記憶ばかりではないしむしろ悪い記憶の方が多いかもしれない。

 ただそれでも一つ確かに言えるのは俺の努力は決して無駄ではなかったということだ。未だにあいつの背中は霞むように遠く俺なんかでは到底手の届かない彼方にある、それでも俺は確かにあいつと剣を交え渡り合うことができていた。遥かな高みに少しの間だけでも立てていた。それだけでこれまでの自分が無駄ではなかったとそう言える。

 何より、俺が冒険者であったから俺は君という存在に巡り合うことができたのだ。これだけは、むしろこれがあったからこそ良かったと胸を張れる。

 でも、それでも……いや、だからこそやはり悔しい。

 あの時、仮にあの時の俺にこの力があれば―――。

 それはもう考えても意味のないことだ。分かっているし理解もしている、でも、それでも考えずにはいられない。あの時俺に力があったら果たして君を守ることができていたんだろうか。あの時俺違った選択をしていたら、もし仮に君を守れていたら俺は道を間違えずにすんでいたのだろうか。


 消えゆく意識の中でゲイルは、いやフレイルは光の先へと手を伸ばす。


 もう、三年も経ってしまったよ。

 君を失って、もう三年も経ってしまったんだよ。

 本当に時の流れは残酷だ。

 こっちの気持ちなんてまるでお構いなし。容赦なく君がいないという現実を俺に叩き付けてくる。たとえいくら嘆いてもよどむことなく流れ続ける、どんなに必死に流れを止めようとしても俺には掴めないし受け止められない。足掻けば足搔くほど指の間から零れ落ちていく。そうして気が付けば君をますます手が届かない遠くへと押し流してしまう。どんどんと色褪せて消えていく君の声をその面影を必死に手繰り寄せて……無駄だとわかっていても縋り続けて。あの時君がつぶやいた小さな一言をあの日の笑顔を約束を……記憶の中だけで何度も何度も繰り返して、何度願ったことだろう、何度悔やんだことだろう。

 今となっては後悔しかない人生だった。


「それでも、それでも俺は幸せ、だったぜ…………」


 誰にも聞こえることの無い彼の最期の言葉。

 もはや止めることのできない彼の覚悟は確かにこの地に深く刻み込まれたのだった。

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