第六十一話
グレイスロア国立魔法学院アレイスロア校。国内にある四つの魔法学院の中でも最大の学生数を有するこの学院は当然入学する生徒の数も四校の中でも群を抜いて多い。
今年も男女しめて三百人以上がこの学院に入学をしている。
学院の西側にあるアリーナには整然と並べられた椅子があり、そこには真新しいドレスやスーツに身を包んだ生徒たちが腰掛けている。それらの生徒の顔持ちは一から十まで様々でこれからの学院生活に期待する表情の者や緊張でガチガチな者まで他者多様。ちらほらと空席もあるようだがおおむね全ての席が埋まっている。その光景はいかに貴族の令嬢であったとしても目を見張るものがあるのだろう。
これといってすることも無くただ話を聞くだけの状況ではさすがにソフィアも暇を持て余して周りをキョロキョロと見渡している。
「ヘレナ、そんなに眠いんですか?」
だからこそソフィアは気になって仕方の無いようだった。
他の人たちが期待や不安でソワソワと落ち着かない様子なのに隣では今にも前の席の背もたれに頭を強打しそうなほどにウトウトと睡魔と闘う彼女がいるからだ。入学式が始まってからまだ十数分しか経っていないのだがもうヘレナの限界は近いようだった。太ももについた頬杖からは既に何度も頭が滑り落ちている。
うつらうつらとした状態でソフィアの呼びかけに応えた彼女は欠伸とともに何度か目の端をこする。
「う〜、大丈夫と言えば大丈夫な気がしなくもなくもない……気が、しなくもなくも」
「結局どっちなんですか。と言うか本当に大丈夫ですの? 先生に話してどこか、医務室あたりで休ませてもらいましょうか?」
手を挙げようとしたソフィアの右手をヘレナはつい咄嗟に掴んだ。
そのあまりにも素早い反応速度に一瞬ソフィアが目を見開いた。
「う〜、目立つのはやだ」
「………ならもう少しで終わりますから、何とか耐えてくださいね。また耳に息を吹きかける訳にもいかないんですから」
聞いているのか聞いていないのか分からない声とともに力なく頷くヘレナにソフィアは心配を隠せないようだったがどうやらそれだけではないようで、さっきヘレナに掴まれた手首をさすっている。
「―――では、ここで学院長よりお言葉をいただきたいと思います。学院長、お願いします」
「―――ぇ? なんで、ここに」
司会の進行に合わせて壇上に上がった人物を見てヘレナから驚きの声が漏れる。
「ヘレナ? どうかしたの?」
「……ううん、なんでもない」
複雑か顔持ちで何かを考えるヘレナにはさっきまでの眠そうな様子はなくその真剣な眼差しにソフィアも言葉を詰まらせる。ソフィアが前を向くと壇上へと上がる階段を気だるそうに男性が登っている。そのまま教壇の前まで来ると拡声器のスイッチが入っていることを確認して話を始めた。
「あー、紹介に預かった学院長だ。俺は長い話が嫌いだし苦手だから手短に。えー、みんな入学おめでとう。この学院に入学出来たということは君たちは何かしら魔法に関する才能を持っているということだ。君らがその才能をこの学院でより確実なものとして君らの将来に良い影響を与えるものとして学んでくれれば幸いだ。以上」
「あの、学院長。もう少しだけもう少しだけでいいので話していただけませんか」
宣言通りだとしても必要最低限すぎる挨拶しかしなかった彼を司会の女性は慌てて引き止める。嫌そうに頭を搔く彼だったがしばらく顎に手を当てて考えたかと思えば思い出したかのように再び拡声器を手に取った。
「えー……あぁ、この学院は完全実力主義だ、家柄だの名声だの富だの、そういった権力は一切受け付けない。みんなには入学試験を受けてもらって今現在はそれを元にクラスが割りあてられている。しかし、それは決して不変のものでは無い。定期的に開催される大会や試験の結果によってはクラスの入れ替えも有り得る、ということだ。最後に一つ、君たちには才能に限界はあるが努力に限界はない、そして努力しない才能には未来が無い、ということを肝に銘じてほしい。かつてこの国を救った英雄も才能はそれこそ大したことは無かった。彼女の強さは産まれ持った物ではなくあとから身に付けた物だ。つまり、ここに居る誰もが彼女のようになれる種は持っている、それをどう開花させるのかは全て君たち次第だ。頑張れよ」
これでいいだろ、と司会に視線を送った後学院長は降壇する。
「ありがとうございました。これにて第百三十七回国立魔法学院入学式を閉式します。この後はそれぞれのクラスに移動をしてください、そこで今後の予定が話されます」
その言葉を皮切りにそれまでのアリーナの空気は弛緩して生徒たちはぞろぞろとそれぞれのクラスへと移動を開始し始めた。
「行こっか、ソフィア。私たちはAクラスだったよね?」
「う、うん…………行きましょう」
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