第百五話

ソフィアの試合がヘレナの予想通りの決着を迎え自慢気に胸を張る彼女の頭を隣に座りながら撫でるグレイ。


「ん? 思わぬ来客もあるもんだな」


 そんな時に不意に背後から聞こえたその声に肩を跳ねさせたグレイは声の主を確認して思わず顔を歪める。そうして無意識に座席の座る位置をミシェルのいる方とは反対側にずらす。それに対してミシェルは特に気にする様子もなくヘレナの右隣に腰掛ける。


「お前も出たかったか?」


 なおも闘技場に視線を送るヘレナの様子を見てミシェルは少し申し訳なさそうに彼女に問いかける。


「出たくない、と言うと噓になりますけど……でも別にそこまで戦いに思い入れがある訳ではないですから。そもそも訓練という意味ならソフィアによくしごかれてますからわざわざ人前でそれを見せるというのは少し恥ずかしいです。それに今の段階でのみんなの実力を知るなら実際に戦うよりもむしろ外野にいた方が得策ですし何よりこっちが失うものは何も無いですからね……ところで先生」


 意外にも気にしていない、というかむしろ元気なヘレナに安堵したミシェルは彼女の呼びかけに短く返す。何を聞かれるのかと向き直ったミシェルにヘレナは何の躊躇いもなく真っ直ぐな瞳でこう言い放った。「先生って何歳ですか?」、と。

 あまりに突拍子も無い質問にミシェルは何かをのどに詰まらせたような声をあげてヘレナを二度見する。グレイに至っては何を聞いているのかと慌てるあまりに咳き込む始末である。

 急いでヘレナは自分の口を両手で覆うがそれはあまりにも遅すぎた。


「……なんでまた、そんなことが気になる」


「あ、その、えっと……別に他意は無いです。ただ純粋に気になっただけです」


 顎に手を当てわざとらしく困ったふりをしてミシェルはヘレナにこう返す。


「じゃあそうだな。お前から見て私は何歳に見える?」


 本来、他人に年齢を聞くという行為はそれなりに親しい間柄でなければ失礼にあたる。日常会話の流れでひょいッと聞けるようなものではない、がことヘレナにおいてはそんなことは無かった。というよりも彼女からしたらどうしようもないことといった方が正しいのかもしれない。ヘレナ、もとい渚は元々コミュニケーションが得意ではない、いわゆる典型的な話下手だというのに性格的に気になったことを放っておけない。気付いた時にはついつい口から言葉がこぼれ出ているのだ。

 転生してからは意識的に改善はしてきたとはいえどうしても考え事をしていたり他のことに意識が向いているとぽろっとこぼれてしまっていた。


「…………お世辞なく、正直に言えば二十代、なんですけど実績だったり過去の経歴を考えると三十代後半から四十代前半が妥当なところかなって思う、です」


「ほお、驚いた。ほとんど正解だ、まぁ三十後半ということにしておこう。私にもまだ恥じらいとプライドはあるからな。そんでもってお前はそれを知って何かなるのか?」


 若干しどろもどろなヘレナの回答にミシェルは語尾を強める。ヘレナたちは気がつかないがミシェルは一瞬でこれまでとは違った雰囲気を纏う。


「えぇっと、本当に他意はないんです。その、先生随分と若く見えるので単純な興味と言いますか何と言いますか」


 その返答を聞いてミシェルは「嬉しいこと言ってくれる」、とヘレナの頭をくしゃくしゃと撫でまわす。

 そんな時だった、今まで無言を貫いていたグレイがおもむろに口を開いた。

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