第五話

「どう、少しは落ち着いたかい?」


 右手でお腹をさすりながら左手で口を押えてかなりぐったりした様子でヤエが渚に問いかける。

 いくらヤエが神であったとして、この空間のあらゆる物を自在に出現あるいは消滅させることができるとして、少女の前で吐くという行為は神のプライド的に許されない。そもそもそれ以前にヤエのメンタル面的にかなり耐えられないものがある。

 ギリギリのところで踏みとどまってはいるもののこれ以上何か衝撃が加わった場合、この場には間違いなく惨状が広がる。さらに問題なのはその後の、最も重要な取り決めの時の気まずさだ。

 吐瀉としゃった神と吐瀉らせた少女、一体それがどうして気まずいことにならないだろう。

 つまりヤエは何としても耐えなくてはいけないのだ。まぁ、元はと言えば胃袋の許容量をオーバーした暴食が原因でもあるのだが、今更それを言っても過ぎた時間は戻らない。


「す、すいません。つい、興奮してしまって……」


 必死に上を向くヤエの様子に流石の渚も自分のしていた行動の問題点を悟ったようで、慌てて何度もペコペコと頭を下げる。


「うっぷ、まぁ、それこそが本来の反応だと思うから、今更どうこう言うつもりはないんだけど……ごめん、少しだけ休ませてもらっていいかな?」


 そう言い残しヤエは再び目を閉じた。

 結局この後話が本来の路線に戻ったのはこれから一時間程が経過したときだった。


「さ、さて、本当にそろそろ本題に入らないと……」


 まだ本調子では無いらしく顔からは少し血の気が引いている様子だったがヤエは渚へと向き直り、コホンと一つ咳払いをした。


「神崎渚、貴方は転生する権利を獲得しました。貴方にはこちらの事情により、通常よりも優遇した条件を受けられます。付随してある程度自らの辿る軌跡、運命の行く末を見定めることが可能になります。さぁ、願い望みをさらけ出すのです」


 神の後光とでもいうかのように両手を広げたヤエの背後が光り輝く。

 本来であればこれが一番最初に求められるヤエと渚の会話。少女の気を失わせたり、少女に食事を恵んでもらったりなんてイベントは存在しない神と少女の正しい接触。

 何を言っても今更であることには変わりないのだけれど……。


「それなら私を元の世界に戻してもらう事ってできますか?」


 何の迷いや躊躇ためらいもなく渚はそう言い放った。


「……ん? 今なんて?」


 神であるヤエが一瞬ではあるが思考停止状態へと追いやられる。渚の発した言葉の真意を推し量れないようで軽く混乱していた。


「えーっと、ですから、私を元の世界に返してもらいたいんです」


 数秒の思考停止の後ヤエから純粋な疑問の声がこぼれ落ちる。


「……なにゆえ?」


 彼女がこれまでに担当してきた者達の中には元の世界に帰りたいというものはいなかった。転生と聞いて元の世界との関心がほとんど断ち切れる者がほとんどであったしここへ来る者達は大抵元の世界には戻りたくないと思っている、むしろそういった存在を率先して、選抜して送られて来ていた。


「だって、私は今までの生活に文句があったわけでもないですし、何より茜と桜に会いたいですし……」


 ただ今回のこの状況はかなり珍しいことで前例がない、こういった状態の魂が送られてくるという可能性もヤエの頭の片隅には存在していた、が実際に目の前で相手しなくてはならないと考えるとなかなか難しいものがある。


「う~ん、どうしたものか……」

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