第六十四話
やっとのことで三階へと上がると二人の目の前にはⅠAと書かれた木札のぶら下がる扉があった。既に開けられているその扉をくぐった二人を待っていたのは何とも言えない奇妙な視線だった。
「ソフィア、なんかしたの?」冗談混じりにそう言うヘレナであったが彼女自身自分たちに原因があることは理解していた。この学院に入学する生徒の大半は十代だ、そんなところに五歳児が揃って入ってきてはそういう目をするのは道理というもの。
前世の記憶を持つヘレナなら尚更だ。その感覚を理解するのは難しくない。中学校の教室に幼稚園児が「今日からよろしく」と、さも当然といった表情で入ってくるようなものだ。
「いいえ、私は特に何も、というかほとんど初めて会う人ばかりですし、こんな目で見られるようなことは……」
「まぁ、とりあえず私たちの席に―――ふぎゅ!」
釈然としない表情で扉をくぐった二人であったが異変はすぐに現れた。変な声と共にヘレナの姿が一瞬にしてソフィアの目の前から消えたのだ。
「かぁ〜いい! 何この子、可愛すぎるんだけど」
ソフィアが慌てて声のする方を見れば押し倒したヘレナに
「―――ちょ、ちょっといきなりなんなんですかあなた。ヘレナが困ってるじゃないですか、早く、離れてください」
あまりに唐突すぎる彼女の行動を理解するのに時間がかかりしばし放心していたソフィアが我に返ってヘレナに抱き着く女性の肩を掴む。
「ヘレナちゃんって言うんだ。うん、可愛いね。可愛すぎてつい本能的に飛びついちゃったよ。あぁ私はね、クレアスノール。気軽にクレアって呼んでね。ソフィアちゃんもこれからよろしくね」
ソフィアの制止に耳を傾けることなくなおもヘレナに頬ずりするクレアと名乗る女性。そんな彼女にソフィアは
「……私、どこかであなたとお会いしましたか?」
「いや、初対面だよ。私は君たちの会話を聞いてただけ」
「聞いてたって……」
ヘレナとソフィアの会話はひそひそ話程度のもので意識していたとしても飛びついてきた彼女がいたであろう場所からは聞こえるはずがないのだ。
「私はね、風属性の魔法に適正があるの。だからね、あれくらいの距離の会話なら余裕で聞き取れるんだよ」
「あの、そんなことはどうでもいいので私の上からどいてくれません?」
自慢げに胸を張るクレアの下で心底興味のなさそうにヘレナが呟く。
「冷たいなぁ、ヘレナちゃんは」
その顔を見てしぶしぶ、本当にしぶしぶといった様子でヘレナから離れたクレア。安堵と疲労のため息をそれぞれついたヘレナとソフィアであったがそのため息は全く意味の無いものだった。次の瞬間にはヘレナはクレアにがっちりと両脇を抱えられた。
「あの、なんで私を抱き抱えるんですか?」
クレアは笑顔を浮かべてなんの迷いもなく「もちろん、私の膝の上に座らせるからだよ」と、言い切ったのだった。ヘレナが拒否するよりも早く「拒否権はないよ」と、追い討ちをかけられてヘレナは諦めの表情と共に項垂れることしか出来なかった。
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