第六十五話

 その後全く開放される気配のないヘレナはすっかり諦めた様子でクレアの膝の上に座っていた。どうすることも出来ずなすがままに撫でられたり頬ずりされたりしている。そんなヘレナを見てソフィアはなんとも言えない表情でクレアの左隣の席に座った。

 ちなみにではあるがこの魔法学院のクラス、席は入試の得点によって割り当てられる。


「クレアさんって頭よかったんですね」


 クラスはAから順に八人、Bは十二人Cは十五人、それ以降は倍ずつ増えていく。クラス内も後列よりも前列の方が成績がよく右側よりも左側のほうがいい。クレアが座ったのは前列の左から三番目。つまり、彼女は入試の結果がヘレナ、ソフィアの次に三番目に優秀であるということである。


「なぁに? 喧嘩売ってるの。まぁ、十歳近く離れてる子どもに負けてるんだから馬鹿にされても仕方ない、というか二人揃って満点だもんね。もう学ぶこともないんじゃないの」


 皮肉交じりのヘレナの一言にヘラヘラと笑いながら彼女の頬を突っつくクレア。


「ねぇ、二人はどうして学院に入学しようと思ったの?」


 しばらくの沈黙の後「……お母さんに勧められたから?」と、パッとしないヘレナの返答に「私もそんな感じです」そっぽを向いてソフィアもそう言葉を続ける。ヘレナとソフィアは気が付くことはなかったがクレアはそんな二人の様子を見て少しだけ悲しそうな表情をした。


「私はね、お母さんみたいになりたいの。ここでいろんなことを学んで力にして、いつかいつの日かお母さんの前で堂々と「私はこんなに強くなったんだよ」って。ふふ、恥ずかしいね。君たちよりも何年も長く生きてる私みたいなのが」


 恥ずかしそうに頬をかくクレア。そんな彼女の胸に頭を預けたヘレナは「……立派な夢だと思うよ。いつまで経っても私には夢らしい夢はないから」と、ポツリ静かに囁く。


「なんだなんだ、ちびっ子が辛気臭い顔しちゃって。そういう顔は大人で間に合ってるの。子どもは元気ではしゃいでいるべきなんだから。ほら、笑って笑って」


 優しくヘレナの頭を撫でたかと思えばクレアはその手で彼女の両頬をつねる。

 それだけではなく「ソフィアちゃんもだぞぉ」と、そっぽを向いていたソフィアにもちょっかいをかける。すごかったのはクレアのその手際の良さである。左手ではヘレナの左頬をつまみながら右手ではソフィアの右わき腹をくすぐる。そもそもの体格差もあって二人ともろくな抵抗もすることはできなかった。

 結局、数分間にわたってわき腹をくすぐられ続けたソフィアは息も絶え絶え机に突っ伏しヘレナの頬も一回りほど赤く膨らんでいた。


「そういえば、クレアさんのお母さんってどんな人なの?」


 つねられた頬をさすりながらヘレナは質問と一緒に彼女の顔を見上げる。


「クレアでいい。敬称はいらないよ」


 すっかりヘレナの頭を撫でるのが気にいったようで頭の上から手を離さないクレア。


「わかったよ、クレア。それでクレアのお母さんってどんな人なの?」


「う~ん、とにかくすごい人だよ。その界隈では天才、神童だって呼ばれてるね。今でも年に数回国王に呼ばれてるみたいだし……まぁ、急がなくても会わせてあげられるよ。どうせ嫌でも会うことになるんだからね」

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