第百九十九話

「とーさま」


 不意にヘレナが何かに気がついたように窓の外を見て声を上げる。


「あぁ、分かっているさ」


 小さくうなづいてリブライトは後ろの小窓を軽く二回叩く。

 それを受けて馬車はすぐに動きを止めて周りの騎士は慌ただしく動き出す。


「ヘレナ、分かっていると思うが……」


「はい、戦闘には参加しません。ただ、馬車からは出ます」


「何を言う! それでは何かあった時に」


「ですからです。何かあってもこの中ではどうすることもできません。それに自分の身くらいであれば最低限守れます、剣術だって魔法だって使えます」


 自信満々にそう告げるヘレナ。

 まさしく彼女からしてみればこれは千載一遇のチャンスである。退屈の道中でようやっと遭遇できた貴重なイベントなのだ。もう、馬車で移動する残り日数も少ない、ここでそれを逃す手はない。


「いや、しかしだな」


 そうこうしていると扉が四回叩かれる。

 それが意味するのは騎士たちだけでは現状の打破が困難であるということだが、まだ少なくとも逃走する必要はないということ。ヘレナやリブライトが手を貸せばどうとでもなるという事なのだろう。

 ノックの後すぐにリブライトは扉を開けて騎士長を呼び止める。


「敵とその数は」


 騎士は略式的な敬礼をし状況の説明を始めた。


「ワイバーンです、数は五。未確認ではありますが上位種の影を見たとも報告が」


飛竜ワイバーン、その上位種ってことは幼龍レッサードラゴン?」


 驚きによるものか興奮によるものか若干上擦った声を上げるヘレナに対してリブライトは僅かに顔を歪ませる。


「……明らかに異常であろう」


 ワイバーン、本来であれば王都よりも北に生息している魔物の一種。その見た目はほぼドラゴンと変わらず一般的にその鱗の色は緑色、ただ条件によっては赤や青にもなるという。

 何よりその鱗は硬く鉄くらいであれば容易に弾くため、鎧や盾に重宝されるのだ。ワイバーンは全長が五メートル程度でドラゴンの三分の一くらいでしかないのだが空を飛べない人間にとってその存在は十分に脅威足り得る。

 そもそもの攻撃が届かないというのに通常の飛び道具では満足にダメージを与えることができないのだ。


「それこそ、私の出番では?」


 ワクワクと目を輝かせるヘレナ。

 そう、実際にワイバーンを倒す方法としては魔法で上空のワイバーンをちくちくと攻撃して、弱ったあるいは怒って地上に降りてきたところを囲んで殴るというのが一般的である。


「はい、領主様とお嬢様の御手を煩わせてしまうのは心苦しいのですが、お力添え頂ければと思います」


 深々と頭を下げる騎士長を見て諦めがついたリブライトは小さく溜め息を吐く。


(本来なら王都の北部に生息する魔物の襲来、それが一匹だけのはぐれ個体ではなく少数とはいえ集団で現れた。それだけではなく上位者までもが出張っているとなれば偶然だとしても異常であるしそこにはちらほら作為が垣間見られる、というよりも人為的と考える方が自然。そうだとしたら狙いは十中八九とーさまで間違いない……でもそれにしては詰めが甘いような気がしなくもないけれど)


「はぁあ、こうなったからにはああだこうだ言っても仕方ないか。分かった、作戦は基本に則る、ヘレナと私が魔法を使ってワイバーンを削り、落ちてきたところをお前達が仕留める。よいか?」


「仰せのままに」


 騎士長は再び頭を下げて部下に作戦を伝えに行った。

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