第八十二話
「レギウス、お前楽しんでただろ」
尻餅をつくソフィアと仮面の男の間に立ったミシェルは男に向かってただ静かにそう告げる。
「すまんすまん、だけどよミシェル。こんなに強いのがいるんなら最初に言っておいてくれよ、そうすりゃ俺にだって他のやり方だってあるってもんだ」
「噓言うな、どのみち戦闘になれば我を忘れて突っかかるだろ」
仮面を外して素顔を露わにした男は服の汚れを掃いつつミシェルへと弁明を始める。結局その後も不毛な言い合いを繰り返す二人に訳が分からないといった表情のソフィアであったがクレアに抱えられたヘレナを見て一目散に二人のもとへと駆けつける。
「ヘレナ、大丈夫なの? どこか怪我したの? すぐに救護院に……」
「だ、大丈夫だよ、怪我はしてないから。それよりクレアは何か知ってるの、あの男のこととか」
想像以上に青い顔で体の隅々を見やるソフィアに戸惑いながらもヘレナはクレアを見上げる。ヘレナを地面に座らせてからクレアは困ったように頭を搔く。
「私もさっきミシェルに言われてから知ったんだけどね。あの人、今日の授業の先生らしいの。この辺では割と有名な冒険者でね、Aランクの冒険者パーティーの一人なんだって。軽業のレギウスって呼ばれてるみたいだよ。でもでも、そんな冒険者と渡り合うなんてヘレナちゃんはもちろんソフィアちゃんもやっぱり規格外に凄いんだね。私なんて雰囲気にのまれてその場から動くことも出来なかったのにさ」
二人の頭を何度も繰り返し撫でるクレア。
「今回私は何もしてないよ、足場を作ったくらい。褒められるべきなのはソフィアとラクスラインだって……でも軽業か、なるほどね。確かにぴったりな二つ名だね」
ヘレナの刀を避けた時の身のこなしや狭い足場を自在に飛び回る身軽さ、まさしく曲芸ともいえるものだった。加えて彼は今までの戦闘で本気を出していない、その最たるものが今も男が眼前で振るう怪しげな仮面だ。
「ちなみにあの趣味の悪い仮面は?」
「あの人はこの街では顔が知れてるからそれを隠すためだって。ほら、今年は既に冒険者登録してる生徒が多いでしょ。顔が分かったら彼に挑もうなんて人は出てこないだろうからって、あの人からのお願いだったんだって。あ、ちなみにあの仮面は収穫祭の時の売れ残りらしいよ。あの人は気に入ってるってミシェルが言ってたけど、でもやっぱりヘレナちゃんもそう思うよね」
苦笑いを浮かべるクレア。対してヘレナは付け加えられた情報になるほど、と納得する。というのもやはりヘレナは収穫祭の時にあのお面を見ていたのだった。
ヘレナがソフィアに焼き串を頼まれて一人屋台を探しているときにとある店先に吊るしてあったのを見かけていたのだ。あまりの趣味の悪さにヘレナの頭の片隅に焼き付いていたのだろう。
「はぁ、気に入らないな。ねえクレア、飴玉なんか持ってない?」
最初から手加減されていたこと、肝心なところで魔法を保てなかったこと、自分のせいでソフィアが満足に戦えなかったこと、他にも挙げればきりがない。
別に、ヘレナは自分が完璧だなんて思ったことはなかった。それでももう少し役に立てると、どこかでそんなふうに思い込んでいた。実際、他の生徒と比べれば確かに
ヘレナはソフィアの役に立った、ただそれは他の生徒と比べればであって結果的にはソフィアの足を引っ張った。
少なくとも今のヘレナにはそうとしか考えられなかったのだ。
「ん? お腹空いたの、だったら私のお昼が残ってるけど……」
「ううん、そうじゃなくて甘いものがいいの。角砂糖とかでもいいんだけど」
「飴なら私が持ってるけど、本当に救護院に行かなくて大丈夫なのヘレナ?」
ズボンのポケットから小包を取り出してヘレナの目の前に屈むソフィア。
「ごめんね。大丈夫、大丈夫だから。飴舐めてしばらくすればよくなるって」
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