第六十七話

「おーい、聞いてるか? ヘレナ、ヘレナ・バルトホルン」


 夢中でクレアから話を聞いていたヘレナは出席簿で軽く頭を叩かれる。


「あ、はい。ミシェル……先生? 何でしょうか?」


「なんで先生が疑問形なのかはおいておくが、お前全く話聞いてねぇのな。自己紹介をしてくれって言ってるんだ。あと、クレア。お前も私の話をちゃんと聞け」


 短い返事とともにクレアの膝から立ち上がったヘレナ。

 クラスメイト全員の方へと向き直りただ一言「ヘレナ・バルトホルンです」そう言って再びクレアの膝に腰かけた。


「ヘレナちゃん、それだけ?」


 ざわざわとどよめく生徒たちの声を代表するようにクレアがヘレナに問いかける。


「だって、他にいうことないもん」


 ぴしゃりと言い切るヘレナ。

 これでいいのかとミシェルに視線を送るクレアであったが彼女は特に興味がないのだろう頭を搔きながら欠伸をしている。仕方なく質問するクレアにヘレナが答えるというまるで尋問のような自己紹介が行われた。

 その後、他のクラスメイトによる普通の自己紹介が行われたのだが、すごかったのはそこに集まる生徒の顔ぶれであった。ソフィアを筆頭としてこの国の有名貴族や豪商の娘や息子が大半だった。少なくともヘレナのように出が平民(隠しているだけで実は王族であるが)な人物は五人しかいない。

 そしてその中でもやはり年齢には大きく差があった。その点は入試の年齢を指定していないために当然と言えば当然ではある、とは言え予想以上の年齢の開きにヘレナはおろかクラス全員が驚いているようであった。

 七歳であるヘレナとソフィアがクラスはもとい合格者の中で最年少であったのは言うまでもないが、このクラスでの最年長はラクスラインという現役の冒険者で二十五歳だった。つまり、一つのクラスの中でも最年長と最年少の年齢差が十八歳もあるということである。


「……もしかして、ヘレナちゃん緊張してたの?」


 さっきまでとは様子の違うヘレナにクレアが疑問の声を上げる。

 たとえ自分から強引に膝の上に人を座らせたとしても流石にそこでソワソワとされては気になるもので気にしないということは出来ないわけだ。他の生徒の自己紹介を聞きながらどうにも落ち着きのないヘレナの様子を見てクレアはクスッと微笑んだ。

 ただ、その様子を隣で見ていたソフィアはクレアの横顔を見て、そこに浮かぶ不気味な笑顔に心底恐怖を抱きヘレナに悪いと思いながらも目をそらしたのであった。


「ほんとうにもうかぁいいなぁ、ヘレナちゃん人見知りだったの?」


 ヘレナの返答を待たずして後ろから抱き着いたクレアはこれまでかというほどにヘレナのことを撫でまわすのだった。


「うし、終わったな。ならついて来い。次は魔力測定のお時間だ」


 やっとのことでクレアの呪縛から解放されたヘレナはそれはもう疲れ切っており、はたから見ればそれはただ自己紹介をしただけの少女には到底見えなかった。

 ミシェルとしてもヘレナを含めクレアの扱い方はおおよそ決まったあるいは決まっていたらしくヘレナに助け舟を出す気配は全くない。そんな状況に置かれたことで心の片隅に「入る学校間違えたかも」という微かな疑問がよぎるヘレナであった。

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