第四十九話
「ヘレナ、来て来て! 高ぁーい!」
どこの世界であっても人は高いところに登りたくなる生き物であり、なおかつ人は下を見下ろしたくなる生き物らしい。
そしてそれは、いかに有名な魔法使いであっても同じようだった。
二人が案内された昇降機を登って正面には売店があるのだがその横には木製の柵で囲まれているところがありそこにはずらずらと長い行列ができている。某スカイツリーのごとくガラスで作られた床から下を覗いて興奮している人もいれば床があるのかを恐る恐る確認する人など様々であったが中でもソフィアのはしゃぎっぷりは群を抜いていた。あまりのはしゃぎっぷりにヘレナが「……これ、床抜けたりしないよね」と、呟くくらいである。ヘレナたちの前に何人もの人が乗ったり跳ねたりしているからヘレナが乗った瞬間にガラスが割れることはないとヘレナ自身よく分かっていた。ただ、ヘレナの知っている知識では普通のガラスの耐久年数は約二十年、強化ガラスであっても三十年がいいところ、にも関わらずこの塔は既に建てられから三百年が経過しているというのだ、実に十倍近い時間が経過しているということになる。見た目ひび一つないガラスとはいえヘレナにとってしり込みするのには十分だった。
何より、それを抜きにしてもヘレナは前世の頃から高い所が得意ではない。別に何かトラウマがあるというわけでもないし高所恐怖症というわけでもない。ただ、どれだけ頑張ってもついぞ克服することはできなかった。そんなヘレナからしたらソフィアのようにガラスの床の上で飛び跳ねるなんてもってのほかなわけだ。
「ヘレナも早く!」
いつまでたっても自分の元に来ないヘレナにしびれを切らしたのかソフィアが強引にヘレナの袖を引っ張る。
「ちょ、ちょちょ、ソフィア。私は高いと……」
不自然なところでヘレナは黙り込み、下を見下ろしたままその場から全く動かなくなった。
「あ、あれ? ヘレナ? 聞こえてる、ヘレナ?」
真下を見て動かなくなったヘレナを見て流石にソフィアも心配になったのだろう。ヘレナの顔の前で手を振ったり肩を揺さぶったりしていたがそれでも全く動かない様子にあたふたしている。
その後、流石に不審に思った他の観光客が係員を呼んでくれたおかげで今ヘレナはベンチの上で横になっているのだった。
「……ご迷惑をおかけしました」
ヘレナのがため息まじりに起き上がると係員の男性がグラスに注がれた水を差し出していた。
「いえ、珍しいことではありませんので。もう大丈夫そうですか?」
一口だけグラスの水を含んで、ヘレナは係員にグラスを返却する。
「そう、ですか。あ、私は大丈夫なんですけど……ちなみにソフィ―――私と一緒に来ていた子はどこに行ったか分かりますか?」
「その方でしたら売店を見てくるとおっしゃっていましたよ」
「本当にありがとうございました」ヘレナが係員に頭を下げて立ち上がろうとしたその時、売店近くの人混みの一角から悲鳴が上がったのだった。
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