第四十八話
「ふぁー、ヘレナヘレナ。すごいよ、勝手に上に上がっていく、空を飛んでるみたいだよ」
二人は係員の女性と共に展望台へと向かって一直線に塔を上がっていた。この世界では四階建てがせいぜいでそもそも上昇する床という概念がこの世界ではないのだということはヘレナ自身も認識していた、当然ではあるがそういった常識しか持ち合わせていないソフィアの興奮は冷めそうにはなかった。ガラスに張り付きながらキラキラと輝く目で外の景色を眺めては飛び跳ねている。
「ちょ、ソフィア。そんなに飛び跳ねたら危ないって」
はしゃぐソフィアをたしなめるヘレナだったが彼女も内心かなり驚いていた。
まさかこの世界で元の世界とそう大差の無い文明機器を見るとは思ってもいなかったからだ。ヘレナの実家に冷蔵庫らしきものはあった、リブライト曰く魔法工学を詰め込んだ人類の英智らしいのだが、大きさは相当なもので地下室の半分はそれに占領されていた。とてもではないが一般家庭に当たり前のようにあるようなものではなかった。
けれどこの建物は根本からしてこの世界とは違う、まるで現代日本の建物がこの場所に突然現れたと言っても納得出来るほどにこの時代感から浮いていた。
「しっかしこれを三百年前に、ね」
遠ざかる地面を見下ろしてヘレナはポツリと独り言を呟く。
「魔動昇降機?」
時は少し遡ってヘレナとソフィアがそれに乗る前。二人は塔の入口で係員の女性から話を聞いていた。
「はい、こちらはギルメット氏が作ったと言われる遺物でございます。その高い技術が評価されこの塔と共に国宝に認定されています。なにせ現状、これらの遺物は再現ができないと言われていますから」
押し付けられるように渡されたパンフレットらしきものをパラパラとめくるヘレナはその分厚さに驚愕していた。紹介したいことがまとめられていないのか紹介することが多すぎるのかはたまたその両方なのか、ただとりあえず間違いなく言えるのは子どもに渡して読ませるものではないということ、更に言うのなら大人でも尻込みするレベルの分量と熱量で書かれているということ。ソフィアに至っては生気のない声で機械のように「ふぁ、すごーい」と繰り返している。
「そんなものに乗っちゃって大丈夫なんですか?」
静かにパンフレット、もとい本を閉じたヘレナは隣のソフィアの手を取りながら前を歩く係員に質問を投げかける。
「問題ありません。ギルメット氏が残した遺物はどれも耐久性は抜群です。ある検証実験によれば爆裂魔法を撃ち込んでも傷一つ付かなかったそうです。ですからこの昇降機が落ちたり壊れるなんてことはまずありません」
「そうなんだ……」
本にはかなり専門的なことまで書き込まれていた。エレベーターの構造であったり動力源であったりが記されていてもはや説明書、専門書と言っても差し支えない。
「ねぇ、お姉さん。こんなに細かく構造がわかってるのに再現出来ないの?」
その時ヘレナは確かに見た。
振り返った女性の目を。
それと同時に後悔をした。開けてはいけない箱、その鍵を外してしまったと。
「えぇ、昔に比べてならその再現はかなり実用的な段階まで進んでいるわ。ただ、どうしても解決できない問題がいくつかあるのよ。まず―――」
女性はまるでタガが外れたようにマシンガントークを繰り出す。
こうなってしまった人を止めることはできない、ヘレナはそれを知っていた。前世において幾度となくこれを経験して、理解してしまったのだ。そうして面倒なのがこれに解決策らしい解決策はないということ、話が尽きるのまで待つあるいは相手の喉が枯れるまで待つくらいしか有効手段はない。
諦めたヘレナは一歩下がりひたすら相槌を打つことに専念するのであった。
「ヘレナ、どう思います?」
しばらく歩くとようやく正気を取り戻したソフィアがヘレナの耳元で囁いた。ちなみに案内役の係員は今もなお二人には理解できないことを話し続けている。
「ん? 何が?」
「何百年も前のものが爆裂魔法に耐えたって話です」
「まぁ、少なからずの誇張はあるにしても概ね真実なんじゃないかな。現にあれは今も動き続けてる訳だからね」
ヘレナが指さす先では魔動昇降機が上の階に向かって昇っていく。
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