第三十六話

 応接室ではサリーナとレバノスが向かい合って座っていた。


「しかしだな、俺はお前に子供がいたなんて知らなかったぞ」


 セクタールが用意した紅茶を一口飲んでからレバノスが切り出した。


「まぁ、言ってませんからね。私にはあなたにわざわざ報告する義務はないわけですから。面倒事なんてこっちから願い下げです」


「相変わらず冷たいこった。ちなみに父親はどんな奴なんだ? 相当頭が良かったりするのか?」


「はぁ? いきなり何です?」


 きょろきょろとあたりを見まわしたレバノスは机に片手をついて身を乗り出す。


「ここだけの話なんだが、俺の娘とお前の娘が入学試験で満点を取ったらしいんだ。学院では創立以来初の出来事だって大騒ぎさ。驚いたもんだ、自分の娘が学院初の満点を取ったと思ったら同率の奴がいてそれの家名がバルトホルンっていうんだから。こういっちゃなんだが、お前は馬鹿ではなかったけどそこまで頭が良いってわけでもなかった、あの子の努力ってのが大きいのは重々承知さ。でも、そこには少なくとも才能ってのも関係するもんさ、それに聞いたところではマルチマジシャンの才能があるそうじゃないか」


 次から次へと飛び出てくる情報にサリーナは眉をひそめる。


(いらないことまでペラペラと……だから私はあなたのことが好きになれないんです。とんでもなく鋭いときがあればアホみたいにマヌケなときもある、もう少しどちらかに寄っていれば扱いやすいというのに)


「……随分とまぁ調べ上げたものですね。親しき中にも礼儀あり、ではなかったのですか?」


 これ以上余計な事を知られないように最大限の嫌味を込めて返答するサリーナに対して、ドカッと背もたれに寄りかかりわざとらしく額に手を当てるレバノス。


「ガハハハッ、耳が痛いな。とはいえ俺も役職柄こういった情報が知らず知らずのうちに流れてくるってもんだ。聞き流そうにも聞き流せないものだって一つや二つぐらいあるだろ。それに会ってみて思ったんだがどうにもあいつに雰囲気が似てるんだよな……まさかとは思うが―――」


「本当にぶん殴りますよ。謝るのとあの世に逝くのどっちがいいですか?」


「冗談だ冗談。すまんすまん、あいつは類まれなる愛妻家だからな。まず間違いなく浮気なんてしないよな。何よりそんなことしたら嫁さんが黙ってないだろうし、てかあいつらに子供はまだできないのか?」


 我慢ならないと拳を握るサリーナに慌てて謝罪するレバノスだが次にはこうしてずけずけとぶしつけな質問を投げかけてくるのだ。ここまでいくと呆れを通り越してあっぱれとでもいうべきなのか。旧知の仲であるからまだいいものの浅い仲ではどうなることやら、なんていうサリーナの心配をよそに吞気そうな彼の顔は彼女を無性にイライラとさせて本当に一発殴ってやろうかと思えてくるのだった。


「私から言うことは何もないですから、さっさと本題に入りましょうか」


 何とかイライラを抑え込みながらサリーナはようやく本題へとこぎつけることに成功したのだった。旧知であるからこそ話の引き際がよく分かるのだ。これ以上レバノスの調子に乗ってしまっては言わなくてもいいことまで話してしまう。

 何よりそれをレバノスは見逃さない。


「おう、例の頼み事に関しては問題ない。それとやっぱりお前の読み通りだった、宝物庫からは綺麗さっぱりなくなっていたそうだぜ」


「それにしても、あんな国宝級の宝具が盗まれたっていうのに対応が雑すぎません? もう少し慌ててもいいと思うんですけど」


 今度はサリーナが額に手を当てる番だった。ため息混じりに愚痴をこぼす。


「うーん、それに関してはこっちも色々と厄介事を抱えてるんだわ。隣国もそうだがさらにその向こうの動きがいきなり活発になった」


「まさか……」


「あぁ、こりゃ近々何かあるかもしれないぜ…………ともあれだ、なんにせよリブからの依頼をこなすとしよう。どうせ近道なんてものは無い、まずは足元を磐石にしとかないといけねぇ。いざという時に小石につまづいてちゃわけないからな。しっかしよ、今回の件随分と根が深いようだが大丈夫なのか?」


「どうでしょうね、失敗するつもりはないですけど……」


 どうにも歯切れの悪いサリーナは腕を組んで天井を見上げる。


「なにか引っかかるのか?」


「えぇ、今の今まで国宝級宝具の管理が疎かで情報が滞っていたこと、下手をすればそこらの盗賊団よりも力のない組織が穴がないような警備の網をくぐりぬけられたこと、他にも挙げれば……」


「もう大丈夫だ。つまり、敵は組織だけじゃない。もっと大きい何かが背後にいるってことだろ。しかもそれは最悪身内の可能性まであるって訳か。分かったそのことは調べさせておく、それとさっきの失言は撤回するよ。お前は十分頭がよかったな」


 二人はその後、何も語ることもなく互いに紅茶をすすった。

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