第三十五話

「おはようございます! ヘレナさん」


 馬車を出迎えていたヘレナは馬車から勢いよく飛び降りたソフィアによって思いっきり抱きしめられる。


「ソフィア様、く、苦しいです」


 あまりの勢いに倒れそうになるのをこらえながら降参というふうにソフィアの肩を軽くたたくヘレナであったがソフィアは一向に抱きしめる力を緩めない。むしろ逆に力がこもって余計に苦しくなるのだった。


「ソフィア、行儀が悪いであろう。親しき中にも礼儀ありといってだな……」


 馬車が完全に止まり後から出てきた人物にサリーナもヘレナも驚愕した。


「レ、レバノス様。どうしてこちらに? お越しになると連絡していただければそれなりのおもてなしを―――」


「気にするな、俺はそういった堅苦しいのが嫌いなんだ。それにサリーナ、俺たちの仲だろ。昔のように接してくれて構わないぞ、ガハハハッ」


 豪快に笑い飛ばすレバノスに慌てるサリーナと驚きながらもソフィアの拘束を解こうとするヘレナ、この状況が吞み込めずポカーンと立ち尽くすレナリアとセクタール。

 そう、いつだって何かとヘレナの周りではこういったことが多発するのだ。仕方がないと腹を括っているサリーナでさえもこの状況にはため息をもらし額に手を当てるしかないのだ。


「あのソフィア様、私ソフィア様のお父様も来られるという話は聞いてないのですけれど」


 ヘレナは未だに抱きつかれたままではあったがそんなことがどうでも良くなるくらいの来客であった。それもそのはずでここ、アレイスロアからソフィアの故郷であるレイアスロアは普通の馬車なら半月程度、早馬ですら一週間はかかるほどには離れているのだ。


「私だって連れてくるつもりはなかったんです。わざわざレイアスロアからここまで来るなんて予想もしなかったんですよ。それも早馬を使って五日で到着するなんて……迷惑をかけないという約束なのですけど何というか存在自体が迷惑みたいですね」


 それなりに小声で話していた二人だったがレバノスにはその会話が聞こえていたらしく娘からの言葉の暴力に膝から崩れ落ち力なくうなだれていた。


「ソフィア様、これ、かなりの大ダメージですよ。地面に頭をつけたまま動きませんけれど……」


 ただシクシクとすすり泣くレバノスの姿というのは何ともいたたまれず助け舟を出そうとするヘレナであったがソフィアはそれを一蹴して「そんなの放っておきましょう」なんていうものだからレバノスの涙腺は崩壊。

 五体投地で地面に突っ伏し嗚咽を漏らすその姿にはとても大貴族の威厳はなく、何なら父親の面影すらもなかった。


(何というか、とーさまを客観的に見ているような気分です。これは本当に他人に見せるべきものではないですね。イメージが総崩れというものです。それとサリーナ、フォローを頼みますね)


 黙って目線を送るヘレナは小さく頷くサリーナを横目に確認してからソフィアを家へと引き入れる。レナリアとセクタールはその後しばらく放心状態であったがサリーナの咳払いでようやっと我に返って慌てて途中になっていた準備を再開したのだった。


「それで、レバノス。何の用があってここに来たんですか?」


 しゃがみ込んで膝を抱えたサリーナは未だ顔も上げないレバノスに問いかけた。


「ひっぐ、こういう場合は、慰めの言葉が先じゃないのか?」


 呆れたと言わんばかりに大きなため息をこぼして立ち上がるサリーナ。


「用がないならさっさと帰ってください……とはいえ、あなたがここに来る用事なんて以外ないのでしょうけど」

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