第百八十六話

 結局、三十分くらい経っただろうか、ルーナも流石に満足したのか食べる手が止まり、ゆっくりワインを嗜み始めた頃だった。


「あの、サリーナ様。ギルドマスターがお呼びです」


 恐る恐る窓口の女性職員が私の事を呼んだのだった。


「ルーベル、なんであなたは毎度話しかける時に怖がってるの?」


 彼女は私がここに来てからというもの依頼の受理でも報酬の受け渡しであっても常に声を掛けると人一倍肩を跳ねさせる。

 仮に後ろから声を掛けようものなら私の方がびっくりするくらい驚く反応をする。


「こ、怖いなんて、そんな事これっぽっちも微塵も思ってないです。ただ、私が話しかけるにはとてもとても畏れ多いというだけでして、あの、決してサリーナ様の事が嫌いとか怖いとか思ったことは無くてですね」


 そう言いながらペコペコと頭を下げるルーベル。


「……別に普通でいいのに、少なくとも私はあなたとは仲良くしたいですし」


 ぽつりと呟いた私の一言に嬉しそうに両頬に手を当てるルーベル。そんな彼女を片目にルーナを見ると、それだけで私の意図は伝わったらしかったルーナは残りのワインを一息に飲み込んだ。


「はぁい、サリーナが行くなら私も一緒に行きますよぉ」


 普段の彼女からは出ないような少し間の抜けた声が響く。

 とはいえそれも当然と言えば当然だろう。あれだけの量、少なくとも一般男性が普通に泥酔するくらいにはこの短時間で飲んでいるのだ。

 だからこそここで触れるべきなのは普段は見ることのない酔っ払っているルーナではなく、普段から飲んでいる訳では無いのに異常に高いルーナのアルコールへの耐性だろう。


「意外だよ。てっきりルーナはお酒に弱いものだとばかり」


「むふぅ、私の隠している特技の一つですぅ。私の事を飲めないと思って突っかかってくるならず者の度肝を抜くのは最高の愉悦なのれすぅ」


 普段の彼女と比べる大分と間の抜けたテンポの返答が返ってくるのと同時にルーナが右腕にしがみつく。というか、なんか彼女の別の人格が出てきているように感じるのは気の所為だろうか。そうでなくても違和感が凄い。


「別に無理しなくていいからね。どうせ今回のことを報告するだけでしょ。面白いことなんて何も無いよ?」


「面白くないのは分かりきっていますが、私も一緒に行かなければならないのれす。少なくとも一緒に行かなくてはならないのぉ」


 先程とは打って変わって涙目になりつつ立ち上がった私の袖を掴んで見上げるルーナ。

 酔っ払い特有の情緒不安定はこれだから困る。同じ事を何遍も繰り返すし言ってることが支離滅裂な事もあればそれを覚えていない事もある。

 ルーナがどうなのかは分からないけれどそんな表情で見上げないでほしい。


「分かったから、分かったから早く立ち上がって」


 と言うよりも、今の私はどちらにしてもルーナのお願いを断る事は出来ないのだ。

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